掲句は鬼房自らが全句業からの五〇句撰として抽出した中に入れている(句集『鳥食』
からはわずか二句)愛着の一句である。それにしてもなんとも息苦しい句、というのが一読
の印象である。「鳥食」は「取り食み」の由、古く貴族の宴会の後など、残った食べ物を庭に
投げて下賤の者に食べさせること、また、それを拾い食う者を指す、とは古語辞典の教え
るところであるが、「鳥食のわが呼吸音」は格助詞「の」によって「鳥食の血脈にあるわれ」
との思いが明らかである。血脈とかの概念語ではなく呼吸音という生理的な呼応であるこ
とがなお、ことを生々しくリアルにしている。私は鬼房の出自を知らぬが、なぜこれまでに
自虐的自己認識を自己に強いるのか。同句集中「愚図の男」「五十莫迦」「員数外下衆の
一匹」「スラム出のわが影法師」等々、自らを悴者(かせもの)扱いする句が並ぶが、この
自虐的自己認識はどこからくるのか。
時代を、社会を見る眼、あるいは戦争体験がそこに翳を落としているのか。あえて自らを
賎しい者として仮構し、最下層の眼を欲したのではないのか。その視点が鬼房を「社会派
作家」として鬼房たらしめてきたのではないのか。下五「油照り」は鳥食の血脈との自覚を
いっそう陰惨なものとして、句に、読む者に定着させる働きをもつ。
「アテルイはわが誇りなり未草」はこの延長にある。
(五十嵐 進)
息苦しい句である。病弱な作者からもれる呼吸音と油照りでそれは十分に表現されるが
自身を「鳥食」と称することで、「生き苦しい」というイメージに近づく。生きづらさをここまで
徹底して詩として掲げることに驚く。
「鳥食」とは宮中の大饗という宴の余りを拾う下賎な者。取食とも表記される。大饗はた
だの宴会ではなく、正月や要職就任時に、皇帝が大臣を、もしくは大臣が部下をもてなす
とされる。宮中という社会における公的な宴であり、その席を持たず、おこぼれを頂戴する
のが鳥食である。単なる貧しさではなく、階級を意識させる。病身からもれる切れ切れの呼
吸音に導かれ、社会との関係が希薄になりつつある疎外感もにじむ。
現代にも似た場面はある。会社のパーティーで裏方をして、残り物をいただいたことがあ
ったが、得したくらいにしか思わなかった。この通り、下衆は下衆な事に気づかないもので
ある。自身を下衆だと認識し詩にする、居直らなくては、生きていられないほどの焦燥を感
じざるを得ない。
鳥食とはまた、東北から北関東に地名として残る。戦前は、烏に餅などを与えて吉凶や
豊凶を占う習俗「鳥食行事」があったという。東北の風土を感じさせる古語でもあるのだ。
貧しさ、病、風土という鬼房を語るキーワードすべてを包含する強い語が「鳥食」。ただ、こ
の句においては、風土は圧倒的な「生き苦しさ」に隠れている。
(松岡 百恵)