ゆるぎなし 中 井 洋 子
風景となる寒卵割りて呑み
雪もよひ紐がひもつこでありし頃
凩は赤を探しに吹き来たる
暖房のそれとなき音太宰読む
やさしさの境目である白障子
煮凝やもの云ふ父となり出でよ
いち日の結び目であり冬菫
ころあひとなり寒鯉の相寄れり
寒星同士へだたりのゆるぎなし
これからといふ時にあり寒の水
銀河まで絵馬の一つが放浪す
冴え返る夜の消ゴム減り急ぐ
大晴れや浮寝する鴨乱す鴨
水仙のひとつの向きの未来かな
寒星の瞬きであり愛国心
真夜中の言葉は獲物もがり笛
一月二日のつぺりと過ぎてゆく
立ち上がる正面暗し日向ぼこ
子育ての立て膝三寒四温かな
かさぶたのあやふくあそぶほたあかり
鏡の部屋 森 黄 耿
人類に脱皮は無きか初旦
二拍手の指すり合はす寒さかな
命脈にとどく日の影冬の瀧
追羽根の父娘小嶋の小日向に
熟睡の大白猫のめでたさよ
ひそやかに合はす口笛初松籟
相聞す紙形代と霜柱
霜柱屹立黄泉へみちしるべ
まぶた無き蛇の冬眠鏡の部屋
深沈と被る毛布や砂漠のゆめ
牛蒡洗ふ風の独語にうなづきつ
紛失の鍵凍蝶となりしかな
みづからの谺に吠える寒の犬
古裂屋に帯の金銀小正月
あさはかに初の霙のおもひけり
ほんたうの雪見障子となりにけり
海に雪天のなみだの降りしきり
心魂にひびき雪庇の落下音
ぽくぽくと松ぼくり生み斑小雪
凍雪を見渡す月の笑窪かな
雪 椿 武 田 香津子
千年の椨の葉裏の雨蛙
日が落ちて雀は無口花八手
越冬の草蜉蝣や草の枝
クリムトを思う銀杏の落葉踏み
地震は海から唇に風花が
雪椿死は平等にとこしなえ
瓦斯灯の火の青白し雪女
雪女鳥も獣も押し黙り
雪蛍見失いたり月の昼
掴みし日たしかに独活の花の枯れ
青空はとめどなく有り独活の花
夢に有り瑠璃虎の尾に吹く風は
月氷る正倉院の瑠璃の坏
窓を打つあかるい風に蜜柑剝く
後ろから鈴の音して七五三
雪蛍呼び合い互いを見失う
白鳥や川は川辺の家映し
アセチレンランプや辻に雪女
独活の花の枯れ青空に限り無し
フュッセンに騙し絵のあり風花す ( ドイツ・バイエルン州フュッセン)