2013/4 bR35 小熊座の好句 高野ムツオ
直線の国境知らず春炬燵 瀬古 篤丸
日本は四方海に囲まれているため厳然たる国境線は存在しない。しかし、どこまで
が日本領なのかを判断する基準はある。いわゆる、領海。陸地から十二海里(二十
二キロ)がそうだ。ところが、日本青年会議所のある調査によれば、この国境を北方
領土、尖閣、竹島の三カ所の地図上で正しく示すことができたのは、大人でも一割に
過ぎなかったそうだ。この三カ所には領土問題が今もあるが、この結果は国民の領
土意識がいかに低いかを示しているとも、同調査は伝えている。しかし、いかに暢気
すぎると誹られようが、海によって遠く隔てられ、目に見える国境がないことは、島国
に住む幸福の一つとだけは言っていいだろう。
曖昧模糊とした境界線とは反対に、アフリカや中東にはまっすぐな線の国境がたく
さんある。これはかつて植民地支配を行っていたヨーロッパ列強の仕業である。ベル
リン会議の植民地分割に端を発するのだそうだが、自分たちの利害を優先して経度
や緯度に沿って直線的に引いたのだ。そこに培われた民族や文化、歴史などは毛
頭も念頭になかった。その結果、のちにさまざまな民族紛争が生じた。中東では、そ
れに宗教問題が複雑に絡む。もっとも国際情勢や政治に疎い私が、付け焼き刃的に
云々しても何も始まらない。だが、この句の「知らず」は、そうした事情を熟知していな
ければ生まれない言葉だ。直線の国境がもたらす、悲劇と今も絶えることのない紛
争、そして、その地から隔絶した極東に住む複雑な思いが春炬燵の温みにこもる。
加国とて遠き隣国春疾風 大場鬼奴多
前句に呼応したような作。隣国と言われてまず思いつくのは韓国、中国、ロシア、そ
れに台湾ぐらいだろう。太平洋はと問われてアメリカが思い付くぐらいか。これは「隣
国」という言葉に、親しい国、身近な国という連想がまといつくからだ。しかし、確かに
広大なカナダも隣国であるし、フィリピンや南方諸島国家を始め太平洋沿岸諸国は
みな隣国である。もちろん、北朝鮮も忘れてはならない。そうした数多くの国を隣国と
呼ぶとき、また見えてくる世界があることを、春の疾風とともに、この句は教えてくれ
る。
雪国に生くるわれらやcon fuoco 阿部 菁女
「コン フォーコ」とはイタリアの音楽用語で「火のように激しく」とか「情熱的に速く」と
いう意味がある。雪国に生きる思いを、この言葉にストレートに託したものだ。この雪
国とはどこか。ここにこそ国境はない。イタリアも北部の山岳地帯は雪が深いそうだ
から、それをイメージしてもいい。もちろん、北日本の豪雪と闘う人々の姿も想像でき
る。そういえば、雪国では、かつて裸で寝る習慣があったはずだ。三浦哲郎の「忍ぶ
川」や柳田國男の「遠野物語」にも記載がある。もちろん男女二人、「火のように」抱
き合い眠るのである。
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