小 熊 座 2013/4   №335 特別作品
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      2013/4   №335  特別作品


        新日記          渡 辺 規 翠


    次の世もあしたもありて日記買ふ

    極寒の星座を鳴らす琴の爪

    初夢の中でも星の数ふやす

    吹き抜ける瓦礫が原の虎落笛

    生きるため人体はあり冬木の芽

    雪しづる寝物語りを聞く中で

    電柱の影も垂直日脚伸ぶ

    庭石も人も老いたり春の雨

    古代史を語る少年青木の実

    尼寺に生まれて恋の猫でゐる

    春を待つ詩の一片を待つやうに

    鐘一打春まだ浅き浜の寺

    山道が大きく曲りふきのたう

    春の夢櫂音が来て遠ざかる

    眼薬を差して朧の夜なりけり

    佛にも鬼にもなれずつくつくし

    つちふるや円空さんと阿修羅様

    津波禍の街を紋白蝶が来る

    瓦礫野も海も穏やか鬼房忌

    佐保姫を送つて銀河迄ゆくか



        春の星         半 澤 房 枝


    春の星太古より発ち光かも

    初観音玉虫色の鳩の首

    一禽の霧氷散らして翔ちにけり

    霧氷林光り触れあふ韻おとすなり

    雪吊の松の重さをまとめけり

    雪吊の長さに風の音色あり

    一憂を天に置きけり寒の梅

    酔ひ醒めに牡蠣雑炊をすすりけり

    冬木立透かし月光溢れをり

    月光に研ぎすまされし崖氷柱

    麦の芽に風筋見ゆる大耕土

    潮騒に冬木の瘤の黙りこく

    門前の梅の影さす仏足石

    肩寄せし日溜り村の寒椿

    波の華寄せて隠るゝ潮仏

    鯨塚眉立ち上げる波の華

    合の家老の語り辺春炬燵

    草木塔梵字の薄れ深山雪

    春隣り負たんがら籠の女棚田下り

    神在す巖の下より蕗の薹



        カードキィー       山野井 朝 香


    ジャン・ギャバン椅子に掛けたる皮コート

    霜の晴れ正座して飲む粉薬

    冬空やさざなみのごと追想す

    横向きに人待つ時間寒すみれ

    薄氷の潮の匂いがして余震

    地震あとの記憶冬帽子の記憶

    冬雲雀少しかしこく散らばりぬ

    シャンソンを選ぶ柊の散る夜なり

    春雷や奥行きのある路地暮らし

    綾とりの山のほぐれや春の風邪

    フラスコに水の残りや鳥曇

    虚も実も清潔にせしヒヤシンス

    辛夷咲くはじめは紙の匂いして

    紐二本途方に暮れて春の夜

    春ショール解く粛粛と根回しに

    アマリリス綺麗に時間組み立てる

    春愁と同じ重さのカードキィー

    涅槃図の象はほっこり化粧して

    酔い少し小町通りは春の宵

    げんげ田は月の光で嘶けり



        水温む         安 海 信 幸


    立春は母乳出るごと来たりけり

    缶詰の缶冷たくて春が来る

    春動く三陸沖の活断層

    地中より熱噴き出して寒の明

    歯ごたへのもちりとしたる白魚喰ふ

    眠るなと市川房枝冴返る

    春の海闇に子どもの浮遊かな

    春の山かくも元気の泣く赤子

    店頭に饅頭百個水温む

    優しさは少し怖くて水の春

    老いるとは空に放たる風船か

    夢を持つ少女を追ひてシャボン玉

    啓蟄のブルドーザーの自在かな

    隕石など見たこと無きや春一番

    鬨の声届かぬ高さ鳥帰る

    吾が兄弟は戦前生まれ鳥雲に

    行列はマラソンとなり雁帰る

    世の変化気になり魚が氷に上る

    大甕の色は黒色春の雪

    産むと云ふ手柄ありけり桃の花





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