2013 VOL.29 NO.337 俳句時評
最期の一句の重たさと軽さ
渡 辺 誠一郎
生はいつも死と隣り合わせである。特に死は生に寄り添う。病のみならず今や交通事故
死などを思えば、日常が死と生の表裏の関係にあるのは実感できることだ。先の東日本
大震災においてもこの言葉の意味を現実のものとして目の当たりにした。芭蕉の「平生即
ち辞世なり」の言葉は作句の姿勢としては了解するが、生死表裏の現実から見れば当然
のことだ。ただ一方、平生即ち辞世、辞世と日々目の前にぶら下げ唱え続けるのも日常の
なかに緊張を強いてどこか不自然で息苦しい。
この度宗田安正の『最後の一句』(本阿弥書店)を手に取った。ここでは夏目漱石からは
じまり、正岡子規、高濱虚子と続いて寺山修司、そして戦後生まれの攝津幸彦まで二十六
人の絶筆あるいは晩年の一句をとりあげ、作家の世界を読み解いている。『俳壇』に平成
二十一年一月号から二年間にわたって連載したものに、「森澄雄」や「加藤楸邨」の章など
を加筆したものである。「最後の一句」は辞世の句はもとより、俳人の晩年や最後を語るに
ふさわしい句を作者が選んでいる。
俳人としての最後の一句から、人生を折戻すように俳人の生涯を紐解き浮かび上がらせ
る手法は、読む者に鑑賞の幅と奥行きを誘う。私なりに思うままに感じたことを述べる。
瓢箪は鳴るか鳴らぬか秋の風 漱石
糸瓜咲いて痰のつまりし佛かな 子規
漱石の掲句は不覚にも今回初めて目にしたものだが、宗田は「〈秋風〉には俳諧味ととも
に大患を経た漱石晩年の心の澄みを読み取ることもできよう。」と書く。次の子規の糸瓜
の句と並べてみると、「死ぬか生きるか、命のやりとりをするような維新の志士の如き烈し
い精神で文学をやってみたい」と述べ、「俳諧的文学」の道を自らの「正道」としなかった漱
石の最後の胸の内は一句に集約できるほど単純ではないのかも知れない。対する子規の
句はあまりにも知られているが、あらためて俳句を前にすると、彼岸から己を逆照射する
ように迫る凄みある視線が痛々しく漂ってくる。漱石と違って宿痾に苦しみながら、生の瀬
戸際まで俳句に賭けた子規の身内に、たまり続けた震えるような懊悩が伝わってくるよう
だ。
春の山屍をうめて空しかり 虚子
この句を成した亡くなる2日前の句会場には、源頼朝を弔う漢詩の軸が掛かっていたとい
う。宗田が言うように、「最晩年の死生観、自然観、破調諷詠の到達点であり、心境であっ
た。」というように、虚子らしく茫洋として大きい。しかも生々しい虚子の匂いが立ち上がっ
ている。
千の蟲鳴く一匹の狂ひ鳴き 鷹女
宗田はこの鷹女の一句を、「鳴きしきる千匹の蟲の奏でる澄んだ声の饗宴の中で、他に
和せず、激しく狂い鳴く孤独な一匹の蟋蟀。朗々としたその声は、自己を貫いた誇り高い
鷹女そのものの声であった。鷹女はみずからの声に陶酔する。」と述べている。〈この樹登
らば鬼女となるべし夕紅葉〉を知るわれわれとしては、激しい女の情念は最期には異界の
世界に滑り込むだろうとの幻想を抱かざるを得ない。男はただただ死ぬばかりだが、女性
は鬼女にもなり、異界に滑り込むものとは私自身の幻想だが。その意味では、〈藤垂れて
この世のものの老婆佇つ〉も捨てがたい。まさに異界へと身を寄せる一瞬をとらえたものと
思えるからだ。
他方、富澤赤黄男の〈零ノ中 爪立ちをして哭いてゐる〉は鷹女の世界と絶妙に重なり合
いはするものの最後には重ならない。ここでは女と違って、異界へと紛れ込めない男の乾
いた「情念」が読めないだろうか。〈石の上に 秋の鬼にゐて火を焚けり〉の視線の先に赤
黄男は一人何を見ようとしたのか。
梟となり天の川渡りけり 楸邨
今生は病む生なりき烏頭 波郷
この世また闇もて閉づる夏怒濤 信子
人の目を振り向けば影形なし 六林男
またもとのおのれにもどり夕焼中 龍太
これらの俳句は、まさに今までの人生への思いを遡及させながら、最後は人生の分厚い
ページを閉じるようにして発せられた絶唱であるように思える。いずれもそれぞれの俳人
の最後を「飾る」にふさわしい句の世界ではある。
最後の一句にふさわし世界ではあるが、己の生を正面から捉える「まじめさ」が見えるの
も共通している。それゆえ、芭蕉の〈旅に病で夢は枯野をかけまわる〉の夢幻の影のような
ものからは抜け出てはいない。「軽み」とはちがう我執の重くれの影をひきずっている。俳
人の末期には生への妄執に似た悲しい性が業のように、「俳魔」(碧梧桐の造語)として付
き纏ってくるものなのかもしれない。ここにあるのはまさに、「平生即ち辞世なり」との言葉
通り、命がけの詩型へと挑んだ世界が並んでいる。多彩ではあるがこの世界には明治・大
正・昭和に共通する「時代の匂い」がする。自らも含めて一切を「空」そのものの世界を描
こうとした永田耕衣だが、〈枯草の大孤独居士ここに居る〉もどこか近代的自我をひきずる
「個」の片意地が見え隠れする。まさに「死にざまは、生きざま」ではあるが、それはそのま
ま時代をもまた映している。死を目の当たりにして人は死を問い詰めるのかと思いきや生
を問い詰めるのだ。思うに本当は我執を捨て、消えるように死ぬのが理想かもしれない。
しかし、現実は死のありようを選択はできないものだ。誰も死に臨んで生を問い返す。辞世
の句とはそのようなものだ。
そんな中で、三橋敏雄と攝津幸彦の俳諧性というか諧謔のエスプリが殊のほか軽やかに
輝いてみえるのはわたしだけだろうか。
山に金太郎野に金次郎予は昼寝 敏雄
はいくほくはいかい鉛の蝸牛 幸彦
今や平成生まれの俳人の作品を見る機会が少しずつ増えてきているが、彼らの最期の
一句を見ることができないのが残念でならない。
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