小 熊 座 2013/6   №337 特別作品
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      2013/6   №337  特別作品



        藤に狂ひて         平 松 彌榮子


    地に届く藤をはじめの神かくし

    射し通す朝日の届く君子蘭

    パンジー百花真白き塔は仰ぐのみ

    言葉また遁げてしばしの朝霞

    春光とならむ人行くすたすたと

    春満月歩けずのわが靴の音

    わが甘藷(いも)食つた少女春昼のどこに居る

    四角の薔薇とぶ鳥落すかもしれぬ

    不眠のベッド春夜の街をすべり行く

    出でてこぬ言待つ春の頭蓋骨

    青空に迷路あらんか藤娘

    透明な吾居て矢車草ゆする

    ひと束の菫は嘆きの納め函

    紅したたる躑躅しばしの鬼屋敷

    ゆさゆさと梢は風揉み鯉のぼり

    新緑の杜サッカーの小魚たち

    「生きめやも」とも薫風の広場の樹

    たそがるる花菱草の灯色

    時間の尾掴みかねつつ春袷

    透き通りゆく終焉の花菜らし



        鳥 雲           土 見 敬志郎


    春暁や藻屑の光る舟溜り

    合掌の胸に海鳴り昭和の日

    朧夜の砂の湿りや砂時計

    傘の影墓に重ねて花の雨

    まなじりに南天の花こぼれ継ぎ

    仮設村より煙の上がる四月尽

    薔薇百花余震に余震重ねゐる

    歌舞伎座のこけら落としや春の雨

    白梅の闇に潮騒高まり来

    ふるさとの一歩を懼れ花の闇

    囲まれて仏のごとし桜山

    鳥雲に句碑の微熱に手を置きて

    少年の夢は途方に松の花

    改札を出て陽炎に変身す

    水温む鯉の波紋の広ごり来

    耕して齢を一つ重ねけり

    水皺が水皺を生み春嵐

    白梅の満ちては人の生死かな

    耕しや塩釜湾の陽を浴びて

    白魚を掬ふ真青のひかりより



        時は流れる         野 田 青玲子


    墓碑群の北の斜面に黄砂降る

    春暁の受箱活きて嚙む新聞

    春の雁鳴かしめ老の湿布貼る

    ふくろふを杜に閉じ込め三の午

    山鴉飛花の気流に乗つて行く

    腹話師が黙つて喋る万愚節

    裸婦像に人工滝に凍る春

    三鬼忌の色彩知らぬ犬と居る

    青蔦に月差し一代狂はざる

    隠棲は秘密基地なり來竹桃

    過去帳の紙の手触り紙魚のこゑ

    姿見に着替への裸身谷崎忌

    眼病の片目瞑ればルリタテハ

    遠景に平家村あり通草捥ぐ

    神鏡に禰宜紛れ込む神の留守

    天狗茸山刀伐越えの足が蹴る

    注連飾るボイラー室は鉄の腸

    雪女晩学の灯を消しに来る

    シヤガールの馬が駆け込む冬の寺

    裏町の路面継ぎ接ぎ建国日



        片付ける側         冨 所 大 輔


    片や去年片や今年に大胡座

    降るや雪やこの世に妻の忘れ物

    余寒なお今日の己と妥協する

    夏至の日の行雲流水奈落まで

    病葉は仏陀有縁のパスポート

    生身魂今は豊かな朝がくる

    一星の殊に際立つ星月夜

    片方は正体不明秋の虹

    ふくよかな風と光と秋に居り

    片付ける側に住まいて落葉掻く

    花咲かばそれももぎとる春の雷

    大正をくって百年昭和の日

    目借時背に子が乗る陶蛙

    李咲く柿は寝坊の木なりけり

    天晴れて逝くも送るも花の下

    死なぬから本腰入れて畑打つ

    共によく生きたり苗を買って別れる

    青空に停年はなく薯植える

    妻に咲く白花蘇枋紅蘇枋

    木蓮の風に乗れない花の絨毯



        退 官            神 野 礼モン


    狛犬の口へ海から雪解風

    雪吊りの縄三月の朝日影

    海へ空へ吹く寂しさや石鹸玉

    天の門あるらし春の星を生む

    逝く春や着信メールそのままに

    白木蓮星ノコトバデハナシテイル

    説教の苦手な僧や春の山

    かるかんの届く頃なり桃の花

    紅梅や枝の髄まで紅からん

    蕗味噌や父伝来の味にして

    水底に余震が残る朧月

    芍薬の芽の息づかいかごめかごめ

    教室の椅子に正座や春の風

    次の世も姉と妹初桜

    病室の窓を叩いて春の風

    病む夫に神の守護あり夜の桜

    退官の制服重し朝桜

    リュック背に茨木和生桜の芽

    寝不足の我が身の重し花馬酔木  野草園にて

    みちのくに土筆蒲公英菫萌ゆ     



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