小 熊 座 2013/7   bR38 小熊座の好句
TOPへ戻る  INDEXへ戻る





      2013/7   bR38 小熊座の好句  高野ムツオ



   どくだみと呼ばれて花の白十字        吉本みよ子

  「どくだみ」の名は、意味としては「毒矯み」もしくは「毒痛み」であって、薬草として毒

 を制する働きがあるこ
とに由来している。しかし、湿地を好み、独特の臭気を放つ、

 この花は、どうしても忌避すべき植物のイメージがつ
いて回る。幼年期にこの花をい

 じって叱られた経験がある
のは、私だけではないだろう。竹久夢二は、この花を好ん

 だという。なるほど、隠微な気配を醸し出すどくだみは夢二好みかもしれない。こんな

 ことから「どくだみ」という名
に、どうしても負のイメージがつきまとう。この句は、そうし

 たどくだみの持つ趣を下敷きにしながら、その四枚の
白い総苞と中心に立つ花のさ

 まを「白十字」ととらえた。
「白十字」という修辞自体は、どくだみによく用いられる形容

 だから、どうということもないが、負のイメージを背
負いながら直立する白十字は、け

 なげに生きるものの有り
様そのものである。溶暗する闇にあって、ついにまぎれる

 とない精神そのものといってもいい。ちなみに別名十薬
については貝原益軒の「大和

 本草」に馬に与えると「十種ノ
薬ノ能アリトテ十薬ト号スト云」とある。

   越南の夏蚕熱気を這ひのぼる         津里永子

  五月に、この句の作者を含め十数名で越南(ベトナム)へ行ってきた。私の初海外

 渡航である。ホイアンのシルク工
芸品を売っていた工場兼売店の前に観光用に置か

 れた蔟の
中に蚕が蠢いている姿を見た。この句は、おそらく、その場面からの発想

 であろう。養蚕の歴史には疎いが、もとも
と養蚕は中国大陸が発祥の地だから、ベト

 ナムでも古くか
ら営まれていただろう。それに近代になって日本の養蚕技術が加わっ

 て、今日のベトナムシルクが生まれたのであ
る。我々が尋ねたのは雨期直前だった

 が、熱帯特有の暑さ
を上へ上へと這い上がる蚕は、ベトナム戦争の苦難を超えてし

 たたかに生きる人々の姿に重なってくる。

   なんじゃもんじゃ芽吹きや父も母も亡し    永野 シン

   「なんじゃもんじゃ」は特定の木の名前ではない。大きな不思議な木という程度の

 意味だ。明治神宮外苑のものが有
名だが、あちこちに存在する。神事や占いに用い

 る特別な
木をそう呼んだという説もある。人知の及ばない超能力を秘めている木に

 似つかわしい名だ。そうであるなら、もし
かしたら懐かしい父母とまた対面させてくれ

 るかもしれな
い。そう、芽ぶきの姿に偲んでいるのである。

   砲台の上の少年こそ酷暑            すずき巴里

   線路みな東京目指し修司の忌         長尾  登

   青葉して渦なせる山ビートルズ         布田三保子

  どれも時代の背景が迫る。ここのところ、小熊座集がますますバラエティ豊か。これ

 らに対抗する切れの良い写生
俳句も見たいと望むのは、欲張りというものか。



  

パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
  copyright(C) kogumaza All rights reserved