小 熊 座 2013/9   №340 特別作品
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      2013/9   №340  特別作品



        昇  華         髙 橋 森 衛

    俯瞰図に反射している炎昼

    深緑の底に淋しさ溜りけり

    青芒靡ききれない風のあり

    梅雨深し頭の中の水の音

    余生のシナリオゆっくり蝸牛

    蟬穴を辿って行けばグリムかな

    暁闇の青児の絵より火蛾生まる

    明け易し夢の縫い目を繕いて

    自然死願望はるかに青葉木菟

    風船のひとつ飛び出し母の国

    生と死の接点からすうりのはな

    沙羅の花心は貧しさ抜け出しぬ

    茅の輪くぐり見えぬ明日と向き合えり

    尊さを四つ束ねて夏の杉

    酔芙蓉散り際までの仮面にて

    麦秋の島となりたるマタイ伝

    次の世の扉をさがす水馬

    㐂寿近し青水無月の男坂

    虚子の碑に土用の波の打ち寄せて

    わが街の昇華しそうな夏の昼



        学童疎開        永 野 シ ン


    一枚の写真が縁麦の秋

    虚空なる胸に欅の芽吹きかな

    青蘆の風になりたし鳶を恋う

    青嵐裏も表もなかりけり

    夫の血は相模の国の藻屑蟹

    麦秋や駒打つ音に翳りなし

    郭公は風が嫌いで晴れ男

    多摩川の葦切ヘビースモーカー

    夏大根啜りて獏となりし夫

    青胡桃子に残すもの何もなし

    納骨は山百合匂う奥の奥

    秋茄子を煮ても焼いても独りなり

    遠き日の学童疎開藷を掘る

    逝くときは赤とんぼうに手を取られ

    藤袴一本のみの枕経

    冬紅葉夫の戒名忘れ居り

    振り向かぬ背ナに手を振る石蕗の花

    目的があるかに急ぐ梅雨の蝶

    夫の忌の空の青さや水澄めり

    生涯の一句がいまだ杜鵑



        木の家         松 岡 百 恵


    頼もしき子の指先の薄暑かな

    買い物に倦んで新宿新樹光

    入梅やピーマンさつと茹でてゐる

    電卓の数は有限梅雨の星

    自転車のベルが無風を通り過ぎ

    草いきれ濃く残りたる宵の路地

    短夜のデジタル時計無音なり

    炎天下ボーカロイドの声澄んで

    脳幹はどれも凡庸夏の空

    故郷の蝿の顔なりしばし見ん

    空蟬の死するがごとく土のうへ

    短夜の深海に血を流す貝

    水棺といへど水責め朝曇

    西日射す三階建ての昭和ビル

    をさなごに酸橘のごとき反抗期

    鶏頭の濡れて嫉妬の色となり

    洎夫藍や死に良し悪しのなけれども

    電話の子機が白い息吐きさうに

    海市立つ行方不明者伴ひて

    鳥風や木の家にある木の柩



        うみほほづき      柳   正 子


    麦秋や荷物を肩にくひこませ

    眩しさの向うが揺らぎ青簾

    海暮色父母想ふとき涼し

    涼しさの祖母の鉄漿壺蔵座敷

    広場にも潮の匂ひや風涼し

    夕焼や一本道の街に来て

    庖丁研ぐ全身夕焼まみれかな

    正座する膝に乗りくる大夕焼

    咲きたての薔薇の香のして認知症

    佐渡沖から伸びて来る影青嵐

    朝焼や秩父連山雲の中

    遠きビル盛んに入道雲作る

    夏雲の湧くやう言葉は降るやうに

    めまとひがめまとひにぶつかる夕暮

    風がまづ命育む銀やんま

    やんま生る川は時々音を変へ

    故郷の音の淋しきうみほほづき

    坐りたる背中炎天感じをり

    炎天の水面も底も一枚に

    夏海のきらめき海のこころざし



        金魚の死       春 日 石 疼


    靴下の髙田渡よ花に酔ひ

    永久に人拒むベンチに春の闇

    夏宵へ開け放ちある古書肆の灯

    あらくさの廃道思ふ父の日は

    逢ふごとに死が近づけり立葵

    孑孒を若き金魚のために飼ふ

    蓮咲くまでの時間は微睡みぬ

    死にたれば系譜を戻す金魚かな

    十薬に金魚を匿す葬りかな

    月光ソナタ金魚死んでも人死んでも

    金魚の死天職いまだ身につかず

    藤の蔓風を愛撫し揺れにけり

    きりもなき鼻毛地獄やまた酷暑

    人歩く苦瓜の葉のしなだれて

    凌霄花脈々と火を産み落とす

    人類はどの夏星で煙草吸ふ

    湧く雲よこの会心の缶ビール

    飯饐る瞠目といふ褒め言葉

    夏の夜汽車与野までの灯のとびとびに

    ヴォータンを心に宿し野分立つ



        元気アップ村      遅 沢 いづみ


    ねぢれ花鬼怒川水位観測所

    鬼怒川にクジラの骨とねぢれ花

    足尾への道もローマへ続く汗

    夕焼けのスカイツリーを見る河童

    くそ婆と言はれなくなり栗の花

    ねぢれ花ときには貴婦人のやうに

    球場へ向かふ山道百合の花

    いつか見た夢のごとくに百合ヶ丘

    緑蔭の整然と工業団地

    阿久悠の昭和あり暑き球場

    鬼房と同年の生まれカルピス

    九回の裏の攻撃水中花

    声援の保護者にホームランアイス

    県大会初戦敗退源五郎

    勝敗は一瞬のこと凌霄花

    負け組の夏は終はつたわけぢゃない

    僕は絵を描くのが好きで月見草

    ゆるキャラに酷暑の元気アップ村

    その夜は花火のロマンチック村

    蜩の坂道をのぼるリヤカー



        春を待つ        長 尾   登


    
 縁者の盲目津軽三味線彈きを偲びて
    やん衆の飯場巡りの座頭芸

    花の下喝采浴びたとて乞食(ほいと)

    盲三味旅の銀河へまなこ開け

     ウィーン少年合唱団
    ウィーンより天使ら飛来して五月

    神讃へ五月讃へて碧き眼よ

    含羞の髭の淋しき三鬼の忌

    身籠もれば誰もがマリア虹仰ぎ

    乃木邸の影ひときはに明治の忌

    噤みたきされど告げねば沖縄忌

    葡萄ひと粒ひと粒の原罪よ

    万の虫万の哀しみとして聴く

    北斗たる誓子流星たる三鬼

    背きたる累代の地の曼珠沙華

    (ぼた)山の尖の天界鳥渡る

    大銀河碑としてかの一句

    新雪の沓跡みんな聖徒なる

    雪静か聖書一冊尚静か

    まだ森の匂ひの聖樹点り出す

    寒昴の翼綾子の生死の地   三浦綾子

    主の一語一語支へに春を待つ




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