小 熊 座 2013/10   №341 特別作品
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      2013/10   №341  特別作品



        口 論         山 田 桃 晃

    消しゴムと鉛筆夜のほととぎす

    死は生に寄り添ふ夜のほととぎす

    生きのびむ蛇のしもべとなる為に

    汗流し老いては老いの微調整

    万緑や骨壺といふ小さきもの

    一瞬に霧とともなひ青やませ

    塩害の青田を覆ふやませ霧

    除塩田を這ふ鋭勇のやませ霧

    老い先の事はさて置き暑気払ひ

    汗拭いてこんなに大き臍の穴

    遠き木に(くら)き風吹くかき氷

    紫陽花や国境海の底にあり

    ハンカチに包む貝殻絆の碑

    ふくしまの桃食うてより息安し

    遠きもの桃のみならず老いにけり

    溺谷の濁りなき風山椒の実

    ひぐらしの森の深さを斜めに行く

    出さぬ手紙残暑の匂ひこもりをり

    さびしさの極み枝豆手に残り

    口論の出来る妻亡しづんだ餅



        醫王寺         佐 藤 み ね


    夏霧の山裾おおい浄土めく

    夏霧の山裾揺する音のあり

    山鳩の声に夏霧晴れてゆく

    石仏の顔やわらかに梅雨晴間

    新緑の無音の中の醫王寺は

    佐藤庄司が墓よりの夏の蝶

    醫王寺の魂を静める夏の蝶

    万緑や耳つり石も呼吸して

    弁慶の笈と下駄あり夏木立

    新緑の闇ふくらます鏡石

    苔青し翁たどりし鏡石

    若もみじの蔭にせつなき恋の石

    青梅雨や人肌石も苔むして

    竹若葉影透きとおる翁道

    新緑や木霊が風となる結界

    文知摺や若葉返しの多宝塔

    緑さす鳳凰抱く多宝塔

    多宝塔の竜の躍動新樹光

    西方へわが魂揺れる合歓の花

    七月の山迫り来るしのぶぜり



        幽 霊         畠   淑 子


    この橋を渡れば夏蝶曼茶羅図

    老人を気儘に遊ばす蟬しぐれ

    捻子のない時計になれて八月末

    蚤は跳ねるものだ猫の蚤とり

    突っぱって生きねば夏蝶壊れそう

    水枕己が余命を闇にきく

    白桃のつるりと剝けて見透さる

    千人の住む髙層や夏満月

    身の蓋をずらして蟻の列つづく

    光陰の迅さ人より幽霊が好き

    一切省略大暑の五体暮れにけり

    座布団の裏を返して夏芝居

    気にするなたたみ鰯の目がぞくり

    梅雨ごもり大正昭和文学集

    蜘蛛の囲の顔にかかるを懐かしむ

    ひさびさに折る鶴のはね原爆忌

    手のひらを陽にかざし大暑の血流

    プールの波水搔き育て翼欲し

    八月の海むかしミズリー号ありぬ

    蜩やロシヤ唄満つ「どん底」よ



        朴の花         渡 辺 智 賀


    孑孒 の国あり疣の池といふ

    水昏れて萍寄する三の丸

    芦の碑や夕日うつろふ紫木蓮

    芦の碑の肩を離れし糸蜻蛉

    老僧の影の過ぎ行き落椿

    亦無(またな)碑の肩にふりたる桜の実

    花合歓や肩に夕日の亦無(またな)の碑

    億年の柱狀節理朴の花

    六月やセシウム消えぬ古戦場

    走り根に脱ぎしばかりの蛇の衣

    睡蓮のすき間すき間の水ゑくぼ

    もう少し先が尼寺草雲雀

    大方は鳥の残せし枇杷の種

    海難碑へくそかづらのひとり言

    青空や猫のとび込むハンモツク

    潮さびの鉄路を跨ぐ夏帽子

    眠る貨車ありて蛍は灯を閉づる

    日の渦におぼれゐる梅熟しけり

    禅寺の庭の箒目蝉の殻

    風捉へ影の折れたる夾竹桃



        慰霊のことば         志 摩 陽 子


    何とまあ骨を折るとは芙美子の忌

    梔子や骨折画像の白々と

    骨折の痛みじんじん明易し

    足枷となりしギプスや半夏生

    松葉杖に馴れずじつとり汗滲む

    骨折に家事ままならず冷奴

    夕涼や身に添ひ来たる松葉杖

    海の日の波ちやぷちやぷと舟を打つ

    冷酒飲む人の情けにほだされて

    怪我話それはさておき心太

    香水を噴きて外出ままならず

    踵の字再確認の夜の秋

    秋立つや足の痛みのうすれ来て

    枝先にあそぶ風音涼新た

    風音のやうな潮騒盆の波

    ぎらぎらと街川光る残暑かな

    さざ波は慰霊のことば流燈会

    炎ゆる日を沈めし波の呻きかな

    松葉杖にけげんさうなる道をしへ

    気だるさの窓辺みんみん声を張り    



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