2014/2 №345 特別作品
母 郷 佐々木 とみ子
ベートーヴェン第九合唱・雪ぼたる
青鷺のあおく毛ばたつ風の中
水びたしなれど冬木のひょろり立つ
雪虫にまといつかれて空腹で
木枯しのびょうびょうと吹く鳥谷川
川岸に母も冬芽も惑乱し
木枯しのぴたりと止みしときこわし
木枯しへ身ぐるみ殺いで奉る
銃棒ぐ枯れあしがやの最深部
脳死めく枯れあしがやの明かるさや
飴いろの枯れあしがやの母郷なる
足跡のふっと消えたり冬の山
山の棲みひとも狐も近寄らず
木仏の胸に傷ある冬はじめ
流刑とはたとえば紅いおんこの実
摑まんとして手袋は手のかたち
殿しんがりは風にあずけて山頭火
あしがやと吹かれていれば冬みたい
淋しい日りんごに蜜のゆきわたり
夜間飛行冬満月へ近づけり
遠 野 渡 辺 規 翠
梟を鳴かせて遠野物語
後ろから呼ばれたやうに神無月
アンドロメダ星雲を掛く花八ツ手
風花や日暮は人を恋ふやうに
冬の日の後ろ姿は山頭火
裸木に百光年の星明り
星空に濡れて漁臭のアノラック
口下手な切株であり雪催ひ
霜の夜鶴折る音が遠くから
蜜柑むく昔の噺し聞きながら
野佛も光背も石山眠る
彼の世から汽笛が届く枯岬
地平迄続く青空冬景色
冬の医院振子時計が鳴り終る
人恋るための風音冬葎
ふるさとの町は遠くて賀状書く
雪の公園星の児達で混んでゐる
大年のポストが星の児を宿す
星好きの少年を連れ年の市
古事記から媛を集めて春を待つ
木守柿 山野井 朝 香
地芝居のやさしい着地菊人形
放心の一人芝居や木の実落つ
落葉のメタセコイアは素数なり
喪の服に風の手触り鵙の昼
放浪の貌して居たるラ・フランス
波郷忌の空きらめいて西会津
かぶら干すさらりと砂の匂い干す
石蕗の花母逝きし日もけさ方も
伝言に異国語混ぜて冬茜
反省は六十度ぐらいシクラメン
直感はガラス質なり冬の草
渡されし糸の透明冬の宵
深海の匂いもすこし花八つ手
面影はカナリア色に十二月
うすやみを使いこなせし冬すみれ
柊の花心閉ざせば櫂の音
山の端の星座をずらす冬の鯉
侘助や別離ゆっくりふくらます
水仙やガーゼの匂いして再会
天気図に雲の広がり久女の忌
孤独の月 佐 藤 成 之
胎内の記憶を花の闇という
遠い旅して来たごとく春の蟬
空色の肺腑であれば五月病む
六月の雨を黙読する男
踵から擦り減る時間晩夏光
海原をめくれば蜩また蜩
ビー玉になるまで蜩鳴いている
糸屑のような踊りの輪と思う
星降る夜港は両手広げおり
月光が排水溝をあふれおり
富士壺が月の孤独を知っている
コスモスの波に溺れてわれも風
天国の底辺として大花野
拾われたくて落ちてくるなり団栗は
どん底を蹴って冬日の頂点へ
追伸のごとく降り出す冬の雨
ごつごつと血を滴らす大枯野
雑居ビル冬青空を掛け替えて
葉牡丹に変身願望ありにけり
冬の蠅月光を嘗めわれを嘗め
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