2014/3 bR46 小熊座の好句 高野ムツオ
氷海の大鮃もわれも傘寿すぎ 佐々木とみ子
大鮃は「オヒョウ」と読む。日本産のカレイ目で最大のものである。オホーツク海や
北極海に広く分布するが、北海道や東北の海にも生息している。水深400メートル
から2,000メートルの大陸棚が住み処で、体長は大きいものでは三メートルにも及
ぶ。但し、巨大になれるのは雌だけで雄は三分の一にも満たないそうだ。その大鮃も
自分と同じように傘寿を過ぎているというのだが、これは単なる思いつきでも誇張で
もない。大鮃の寿命が百五十歳ということだから、傘寿の大鮃は北の海のどこにも
実際にいるのだ。むしろ、人間の寿命もやっと大鮃に近づきつつあるというのが、本
当のところだ。この句は、もしかすると、そのことも踏まえているのではないか。深海
の大鮃同様に自分も一人暮らす身になったが、こうなれば百歳どころか、この世が
果てるまで生き存えてやるとひそかに企んでいるのだ。そして、過酷な同時代を過酷
な環境で生き続ける大鮃に、同胞としてのエールを送っているのである。
枯蘆のなかに立ちたる初詣 浪山 克彦
海辺の神社への初詣の帰り、あるいは初日を拝むために浜辺に出たと解してもよ
い。辺り一面蕭条たる枯蘆原、その真っ只中に一人立っているのである。たぶん、そ
こも津波の被災地であろう。もしかしたら作者は、古事記の天地創世のエピソードを
思い起こしていたかも知れない。未だ混沌たる泥の世界に生まれ出た神、ウマシア
シカビヒコジノカミつまり神格化された蘆の芽である。今はまだ枯れ色一色だが、そ
の立っている下の根茎には確実に新しい季節が息づいている。言ってみれば、その
確認こそが初詣そのものであろう。
墓はみな頭のみ出て出羽吹雪く 菅原 玲子
昨秋、新庄に吟行に出かけた際に、「この辺の雪は三メールぐらい積もる」と地元
に人に教えて貰った。すぐさま「雪五尺」の一茶の句が頭に浮かんだが、何方にせよ
雪国の厳しさには想像を凌ぐものがある。
この句は山墓だろうか。なんとか頭を出している墓のさまを詠ったものだが、どの
墓も死してなお歯を食いしばって立っているのである。
生き残るには訳のありポインセチア 大久保和子
海嶺を越えしうねりの寒の潮 志摩 陽子
ペースメーカー・オストメイトも年を越す 渡邊 氣帝
今月は取り上げたい句が多く悩んでしまった。
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