2014/4 bR47 小熊座の好句 高野ムツオ
袰月や海をつらぬき雪が降る 矢本 大雪
袰月は津軽半島にある地名。青森からは外ヶ浜を過ぎてまもなく。外ヶ浜は「率土の浜」、もっとも外れということで、支配者側が名付けた差別的な地名
である。それに対して「袰月」はアイヌ語の「ボロウッキ」が出自。大ぶりな酒椀の形に
えぐれた湾という意味らしい。「ホロ」には「大切なところ」という意味もあって、その土
地への愛着がたっぷり感じられる。地名一つとっても、その成り立ちで、これほどの
認識や心情の違いが鮮明になる。「袰月」は後世の当て字であろう。しかし、この当て
字もその土地への愛着を十分に感じさせる。「袰」は矢を防ぐための布の袋のことだ
が、一騎当千の荒々しい武将も最後の頼みは、やはり母なのである。そのやわらか
く膨らんだ袰のような月が出る北国の小村は、今は過疎にあえいでいる。かつては
四百名もいた集落は、近年には約四十世帯、子どもは一人もいないらしい。いわゆ
る限界集落である。その津軽湾へ雪が降ってくる。風巻き、そして、次々に海へと消
える、その雪の降りようを「海をつらぬき」と表現したのだ。それは、そのまま、この辺
境に冬を耐える人々の思いそのものである。
らいてうの言葉に融ける粉雪か 蘇武 啓子
平塚雷鳥の言葉はと問われるなら、だれもがすぐ思い浮かべるのが、「青鞜」創刊
に寄せた「原始、女は太陽であった」だろう。すると、この句は折から降ってきた粉雪
が、この雷鳥の言葉に出会って次々に融けてゆくということになる。それほどの情熱
がこの言葉にこもっていたということだ。
ねんねこの夢ごと降ろす膝の上 佐藤 みね
「ねんねこの」の「の」に軽い切れがある。いまだ夢の途中の嬰児を、そっと膝に載
せたということだろうが、夢諸共ねんねこにくるまれていたと読める。すると、この夢
は嬰児が只今見ている夢であると同時に、嬰児の未来そのものとも読めてくる。
雪嶺や父の背骨と母の胸 俘 夷蘭
上五で切れるから、雪嶺と対比した句であるだろう。しかし、舌頭に繰り返している
うちに、雪嶺にも父のような背骨があり、母のような胸があると訴えているように感じ
られてくるのである。
寒月をカラザ支へてゐるやうな 関 春翠
カラザは、「卵の黄身を支える紐状の白いもの」。つまり、天空は卵の内部なのであ
る。
遺されしことも忘れて日向ぼこ 塚本万亀子
どうしても大震災後の思いと読んでしまう。
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