2014/5 №348 特別作品
佐保姫 土 見 敬志郎
春の闇瞳凝らせば蠢きぬ
福島と吾を隔てし春の闇
佐保姫の踏みしか草の濡れてゐる
涅槃雪静かに滝の水となる
鳥雲にボロンと鳴つて平家琵琶
水温む幹の中より羽音せり
火葬場の発光したる春の雪
母に逢ふ桜の闇を手漕ぎして
お彼岸の鬼房小径濡れて行く
捨雛の打ち寄せられし潮溜り
水音へわが踏青の点と線
吾は此岸に父母は彼岸や春の月
青空へとどろきとなる雪解滝
雪国を来てこの海の蒼さかな
春暁の土不踏より覚めてゐる
日の丸は翻るもの建国日
雪垣を外せば潮の匂ひ来る
戦後未だ兄の遺影に黄砂降る
日時計に陽のよどみあり黄砂降る
木の芽晴絵馬を抜け出す鳥のあり
追 憶 小笠原 弘 子
海底の魚呼んでいる彼岸西風
椿落つ明日の椿であるために
太古より波は渚に春の闇
わたくしという固き殻花曇
蒼天のがらんどうなり蘆若葉
風光るこの浦もまた歌枕
白魚漁海の昏さを汲みにけり
花冷や加賀落雁の鶴と亀
混沌たる時をゆるめて蝶の昼
雪解川己が主張を響きとす
明日というこころの色の松の芯
安置所へ担架のつづく春の暮
春寒し避難所に母探す声
三陸の白魚忌日忘れえず
春泥を胸の奥処に歩みゆく
料峭の影をうつして慰霊の碑
歳月を埋めよせくる彼岸潮
遠き記憶わが家に立てる花水木
捨てて来たはずのふるさと葱の花
三月の記憶消してはならぬもの
春の草 清 水 智 子
明日という身近な未来梅の花
夕星に念力のあり寒波急
物を問うごと初蝶の飛び来たり
春の星さがしてバレンタインデー
沈丁や己たしかむ独り言
考えの底を広げて春の草
冴え返る湖へと消える鳥の声
人日の杭一本に水の音
春愁や紐をほどけば紐の声
生きている内は人待つ桜待つ
ぎこちなく鍵穴に鍵雪の果
置き忘れ度忘れ春の虹の所為
初蝶は翅の重さを知らざりき
耕して生命線を深くせり
春泥の照りしを跳んで老い少し
白鳥の発ちて深まる湖の色
春浅し螺鈿細工にさざ波す
連倉は祖父の匂いや水温む 蔵の町
向き替えて光飲み込む春の鯉
人待ちの遊船蔵の影揺らし
春 光 伊 澤 二三子
むらさきに烟りだしたる木の芽山
瀬の音に重ねて春の光かな
手をおけば暮の濡れゐる鳥雲に
陽は波を波は陽を追ふ弥生かな
啓蟄のひかりを生みし鳥の声
夕東風や言葉の如く波上る
駅舎より人吐かれ来る春の地震
春光や鳥の声ある波頭
嬰児の這ひ這ひの影春の蟬
乳母車菜の花明りこぼし過ぐ
君子蘭一直線に光りだす
春雷や樹肌に父の匂ひあり
喪心を白梅の香に解かるる
初蝶や水の光に目眩みて
薔薇の芽に吐息のありぬ水の音
真つ先に土の匂ひや桜の芽
花冷えや腕輪に光る白瑪瑙
林泉の陽の縞となり水芭蕉
土踏めば土踏まずより春の声
清貧は空にもあるか朧月
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