小 熊 座 2014/9   №352  特別作品
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      2014/9    №352   特別作品



        那須疏水         鯉 沼 桂 子


    青しぐれ旅のはじめの靴ぬらす

    稲の花ひたすら急ぐ那須疏水

    夏霧の忘れがたみの雲の影

    この星の泥炭褐炭キスゲ咲く

    息災の身にはあらねど夏の霧

    ひまはりの一列縦隊過疎地帯

    ひまはりの暗きところを見過ごせり

    言ひかけしこと老鶯に阻まるる

    火の山の気だるきところ滴れり

    前の世も杣夫と応ふ岩たばこ

    焦りても元より音痴夏の霧

    水祀る村に水音秋海棠

    疏水碑の裏に村の名稲の花

    孑孒の一部始終に日のゆらぎ

    さそり座の尾が見つからぬ晩年期

    はからずもひらく胸の扉夏の月

    やれやれと席立つ頃の戻り雷

    約束に色はなけれど虹立てり

    眠たげな牛舎に唸る扇風機

    フマキラーの看板にある大西日



        エンドロール       さ が あとり


    さつきからラヂオにノイズ積乱雲

    茹で玉子ほどの雹ふるヘルメット

    三日分たくはへあるかほととぎす

    ボート運ぶボートに頭突つこんで

    貸ボートかなづちの彼真ん中に

    じてんしやの木乃伊百台池普請

    丸呑みの海月に水母透けてをり

    気がつけば海月と生れて漂へり

    空蟬のごとありにけり処女句集

    落し文映画はエンドロールまで

    汚染水凍つてねむれ花氷

    ここからは特定秘密さるをがせ

    仮宮といふ涼しさや金花糖

    幼名はところのすけや心太

    食べられぬ粽は軽し祇園祭

    塩分と言つて梅干はふりこむ

    砂漠には砂漠担当道をしへ

    用済みの蟻はぽい捨て蟻地獄

    象亀も象も草食浮いて来い

    空気まで読めるロボット夜の秋



        艀             松 岡 百 恵


    ポケツトのキヤラメルと行く青鞜は

    羽根一枚落として春の空となり

    春の月艀となりて眠りをり

    春嵐駅のトイレのみな綺麗

    春宵の母にフライのにほひして

    紫陽花の花の一つとして笑ふ

    暗闇の先の暗がり百合咲けり

    零と壱の間なる七月の木綿

    夏木立窓辺に座りたく一人

    じやがたらの花雑踏に溺れたる

    端末の顔は厠上のごと蕃茄

    空蟬にあらん一〇GBの記憶

    昼寝覚ビリーミリガンの誰か

    夢の中真夏の息を一つにし

    絶対の約束はなし酔芙蓉

    稲妻や女ばかりの一軒家

    露寒や鏡の髪に男の指

    をさなごに沈思黙考秋の風

    怒る子の声まで真つ赤木の実降る

    花弁になりたかつたか凍蝶



        楊梅の実         大 西   陽


    楊梅(やまもも)の落下とまらぬ月夜かな

    ケイタイの中の友達梅雨曇

     くノ一の投げたる烏瓜の花

    ポストから守宮出て来る独歩の忌

    さくらんぼ今更恋もないけれど

    冬瓜を煮る詩心をやわらかに

    つゆのなき鯖そうめんや麦の秋

    炎帝やここが白亜紀四万十帯

    C1輸送機芋虫の面構え

    薔薇一輪黒人霊歌のごとくに

    故郷に近づき外すサングラス

    ピーマンの破裂一家の一大事

    夕暮れて潮の香満ちる菜穂梅雨

    白昼の新宿を飛ぶ蚊喰鳥

    遠き日の母の鼻歌合歓の花

    ある時は道に迷うて蛍かな

    一列のサルビア犬の花子往く

    黄泉の世の南風吹く伊吹山

    勾玉に黒なかりけり茅花風

    楊梅の実はすき見せず十日月



        佐久の五稜郭      志 摩 陽 子


    眼にあふる青葉若葉の佐久平

    沢瀉や水蕩蕩と父祖の地に

    雲間洩る日に誘はれて揚羽舞ふ

    岩を咬む千川の流れ鮎走る

    六月の洩れ日きらめく父母の墓

    万緑のふるさとわれの小さきこと

    父祖の地を継ぎしは誰ぞ羽抜鳥

    家絶えし里のいづこもほととぎす

    万緑や佐久に小さな五稜郭

    五稜郭の内に学校ポプラ照る

     河骨に濠攻めらるる五稜郭

    ふるさとの闇に火をつけ恋蛍

    湧き上り滴となりし恋蛍

    ほうたるや父母其処に居るやうな

    親燕さぞかし腹の空くだらう

    アカシアの花を車窓に小海線

    青葉木菟深き眠りに誘はるる

    遠郭公朝全容の浅間山

    若楓万平ホテルのカフェテラス

    噴水の風に呻きて崩れけり






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