2014/10 №353 特別作品
朱 夏 畠 淑 子
退屈と胡瓜の曲がる真昼かな
蛇口からぬるま湯の出る立秋
あきあかねいつもの場所にゐる不思議
ゴム底のはざま大暑の小石つけ
苦瓜のうれて真赤な苦言吐く
眼のうちに影をのこして消ゆ大蛾
白桃のつるりと剝けても退屈
どうなつてゐるこの地球今日立秋
当節は花火に浴衣の青春
赤い鼻緒花火のあとの気怠さに
エノラ・ゲイ最後の一人花火果つ
花火果つ火薬のにほひ残し果つ
逃げ水に足をとられる四丁目
診察に倦みし医師の眼夾竹桃
五臓六腑裏返し洗ひたし朱夏
空蟬のしつかり摑む木の鼓動
いらいらとトマトに亀裂ナイフが切れる
死者生者枝豆丁度茹であがる
ピーマンの種の集まる排水口
棚経の僧あをあをと頭の涼し
潜り橋 斉 藤 雅 子
雲の峰坂東太郎に潜り橋
崖下り宙を下りて曼珠沙華
爆音に白強めたる山の百合
言霊を育てておりし瓢かな
うっすらと笑み返すよう胡瓜もみ
防人の遅れし便り山の百合
明易のひかりを掴む赤ん坊
炎天をめくれば玉音放送が
炎天の椅子に動かぬ影のあり
過ぎし日は微光未来は手花火
真っ新な画布八月の風となる
人去りし地なり草木茂るのみ
復興の力になれぬ蘆の花
日盛りの木蔭を出でし葬の列
二礼二拍手まくなぎに攫わるる
行合の空汚染土の山いくつ
水を打つきのうの姉が水を打つ
北口は思考の扉日の盛り
吊りしのぶひとつは黄泉を纏いおり
晩夏の潮騒大学ノートより
小糖雨 瀬 古 篤 丸
晩夏光名前に付せる太き線
故郷は音に聞くだけ盆花火
菩薩の腰相似に曲がる蓮の茎
オール電気の看板のぼる薮からし
秋暑し正業は何かと問はれ
デパートの試食販売夏果つる
風は秋無縁仏を人過ぎて
戸一枚蟬の骸を隔てたり
芋虫の持つまではわからぬ軽さ
暗がりに故郷があり新豆腐
月光の余り入り来よ古土間に
飼ひ馴らす愛もあるなり鰯雲
子なき家一戸一戸へ天の川
秋風をじゆうぶんに受け象の尻
死後も聞くこの柿の実の落つる音
伊賀甲賀一枚となる秋夕焼
人類は会議にふけぬ蚯蚓鳴く
稲妻やどこかで民がまた蜂起
金秋や氷らぬ壁と黒き水
皇居前広場へ秋の雨がまた
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