小 熊 座 2014/12   №355  特別作品
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      2014/12    №355   特別作品



        長 子         上 野 まさい


    神無月生きてゐるかと長子来る

    太陽の下に老人神の留守

    秋空の一隅うつる鴉の眼

    一本のすすきとなりて芒山

    日本列島どのへんが骨天高し

    綿虫は邪馬台国にむらがれる

    冬に入る佐藤鬼房留守なりし

    暗がり峠にあつまる兵士寒の星

    日向ぼこ良寛さまのたなごころ

    冬瓜の尻みごとなり信じけり

    狐火は火のかたまりと考へる

    椿の実せんまいどほし隠し持つ

    裸木がにぎやかに立つ古代都市

    またひとり大河を渡る冬霞

    海よりも空なつかしき寒卵

    黄泉に来て大根焚の噂する

    霜柱一生涯のはじめかな

    酔ひて眠る父よ茫々と眠る山よ

    睦みあふ水平線と木枯と

    頑丈なてのひら十二月八日



        白 波         田 中 麻 衣


    白波の近々と見ゆ芒原

    䌫に列なるかもめ秋高し

    秋光を乱反射して鷗かな

    巻貝に巻き込まれたる虫の声

    月光に晒されてゐる添ひ寝かな

    内海を照らし出したる稲光

    坂道は天に至るや秋日和

    碑は海中にあり鰯雲

    蟷螂の動かざること石の上

    雑貨店秋の風鈴鳴つてをり

    冬瓜の四つ切りされて売られをる

    残る虫手荷物一時預り所

    こんなにも木の実の落ちて副都心

    鬼子母神欅黄葉の蔭に在し

    ハロウィンの南瓜にまでも笑はるる

    ポケットに帰りの切符木の実降る

    急用の呼び出し釣瓶落しかな

    座布団のふはふはとある長き夜

    秋時雨茶筒の中の小さき闇

    行く秋の水族館に漂へる



        ひょんの実      蘇 武 啓 子


    俎板に縦横の傷九月尽

    口開けて鯉が近づく秋暑し

    秋旱化粧する時は口開けて

    魂は青い色なり蛍草

    柘榴の実昭和の母は子だくさん

    庭に花植えて教師の冬支度

    田仕舞の煙や父が手を上げる

    米節は父の持ち唄雁渡る

    南瓜一匙乳歯の生えた口中に

    バス降りる白膠木紅葉の峠口

    ひょんの実や賢治は馬車で来たという

    ここからは刈田道なり熱気球

    沢水を一口秋のピクニック

    朝の雨黒石寺への刈田道

    台風は沖へ出たぞと烏鳴く

    次の世は機織と決め枯木山

    面取りの刃先に冬の日差しかな

    銭湯にケロリンの桶春近し

    囀りに膨らむものに胸と庭

    お螻蛄にも万感のあり踏鞴踏む



        曼珠沙華       大久保 和 子


    露天湯の独りぼつちや今朝の秋

    ゆきずりにあふ桐の実と賛美歌と

    紋切の切つ先の冴え銀杏散る

    菊の香や陶器まつりの蔵の町

    学徒出陣の録音放送秋の雨

    颱風やひとに阿修羅の道のあり

    ひとり旅決意させたる雁の声

    なめらかに席ゆづるひと雁渡る

    曼珠沙華に触れてゆきたるははの声

    胸奥の孤独か愛か曼珠沙華

    通りやんせまた通りやんせ曼珠沙華


     今年も叔母たちと実家の墓参りに行った。いつもはぽつんぽつんと咲いていた彼岸花だが、今年は花の多

    さに圧倒された。花と花の隙間をほとんど埋めつくすように咲いていたのだ。父の世代は「彼岸花は毒を持っ

    ているから触るな」と言われたそうだが、この毒は水に晒せば容易に除去でき、良質の澱粉が取れるため、飢

    饉など非常事態の救荒作物として田んぼの畦に植えられたのだとか。畦を彩る彼岸花に納得した。

     子供のころ、墓地は絶好の遊び場であった。この花は子供の背丈に近く、馴染みの花であった。また、墓地

    には、かくれんぼで遊んだ大きな椿の木もまだそこにあって沢山の実をつけていた。そういえば、元寇で知ら

    れる長崎県壱岐島出身の叔父が子供のころ、椿油となるこの実を集めるアルバイトをしていたと話していたこ

    とが思いだされる。

     彼岸花も椿も日本古来の多年草であり花木である。先祖代々、愛で、そして慰められてきたことだろう。彼

    岸花で赤く染まった道をもどりながら、幽かに母の声が聞こえてきたような不思議な懐かしさを覚えた墓参り

    であった。                                                       (和子)




        沈下橋        森 田 倫 子


    秋の海故国は遠きまま遠く

    かりがねの声遠くして沈下橋

    銀杏降る化石の森の茫茫と

    星屑に住みし吾らや露の玉

    終着の駅に父佇つ桐一葉

    かなかなや音なく山の近づきぬ

    裂傷を背に負う鮭や父帰る

    カマドウマ時計の振り子重く跳ね

    父の目の暗闇探し秋刀魚焼く

    逝く人のかさなりたるや断腸花


    ベラ

     長年釣りをしていると不思議な魚に出会う。夕まずめ(魚が餌を摂る時間帯)まで間があった。が、この釣れ

    ない時間帯にベラが掛かった。目的の魚ではなかったのでリリースする。五分と経たない間に、先ほど海へ

    返したベラがまた釣れた。再度海へ戻した。

     暫くして、隣の家族連れが釣れたと騒ぎだした。もしや、と勘が働いた。「ええのが釣れましたかぁ」と声をか

    け、クーラーの魚を覗き込むと、二度もリリースしたベラが横たわっていた。「お前さん余計な事を言いなさん

    なよ」ベラはそう言いたげに、口をパクパクさせている。この魚は命を賭してまでも禁忌たる陸の世界を見たか

    ったのだろうか。再びベラを見ると口を閉ざして動かなくなっていた。

     ふと思った。私も「俳句」を詠むことで行けない世界へ行き見えないものを見ようとしているのではないか。俳

    句の十七文字をかりて、過去と未来の時空を彷徨している。あの日のベラのように。          (倫子)





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