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 小熊座・月刊 
  


   2015 VOL.31  NO.356   俳句時評



      『昭和俳句作品年表(戦前・戦中篇)』の刊行

                              
渡 辺 誠一郎


   現代俳句協会が編集・発行した『昭和俳句作品年表(戦前・戦中篇)』(東京堂出版)を

  手に取った。この企画は協会の創立六十周年の記念事業の一つとして、平成十八年か

  ら取り組んできた成果である。本書は、結社や師系を縦断するように編まれた貴重な俳

  句史の資料である。

   宇多喜代子らとともに編集作業に携わった一人、川名大は、巻末に「昭和俳句の軌跡

  ―解説に替えて」を寄せている。ここで川名は編集の基本的な視点・理念を、「「作品年

  表」の形態によるもっとも純粋で凝縮された俳句表現史である」と明らかにしている。つま

  り、作品をあくまでも基本としながら時系列化したということである。それゆえ、「俳壇的ヒ

  エラルヒーや知名度といった外在的な要素に囚われることなく、表現史の視点に立って、

  横軸として同時時代の俳句を幅広く眺望するとともに、縦軸として時系列で表現史的な展

  開を眺望してゆくことを通して表現史的に意義のある作品を精選」したとも。これによって

  「何を(表現内容)と、いかに(表現方法)との融合した昭和俳句(戦前・戦中)の表現史的

  な展開の大筋が見えてくるだろう。それは昭和俳句表現史としての歴史的証言とでもいう

  べきものである」と刊行の意義付けを述べている。

   選句に当たっては、「すでに歴史的な評価を得ている作品を漏らさないこと、埋もれた

  秀句(特に無名俳人の)を積極的に発掘すること、時代を顕著に反映した俳句や俳壇に

  衝撃を与えたような俳句は採録すること」に留意したと。

   編成は、昭和元年から昭和二十年までを取り上げ、四章に区分している。昭和元年~

  六年―第一章「ホトトギス俳句の隆昌」、昭和七年~十年―第二章「新興俳句運動起る」

  昭和十一年~十五年―第三章「無季新興俳句の成熟」、昭和十六年~二十年―第四章

  「太平洋戦争下の俳句」である。これに年次を追って俳句がアイウエオ順に掲載されてい

  る。

   さらに各章ごとに、「社会の出来事」や「生活・文化」の動きを年表のスタイルで記載され

  ている。このように、俳句作品が、書かれた時代の状況や社会状況などと合わせて理解

  できるようになっている。掲載された俳人の数は450名に及び、巻末に索引があり、利

  用には便利だ。

   ちなみに、わが佐藤鬼房の作品について見てみる。いずれも「無季新興俳句の成熟」

  の時期された、昭和十一年~十五年の章に次の5句が掲載されている。

    むささびの夜がたりの父わが胸に     昭和12年

  螺旋階のぼりつめゐて耳目冷ゆ        〃 

  濛濛と数万の蝶見つつ斃る         昭和15年

  夕焼に遺書のつたなく死ににけり        〃 

  会ひ別れ霙の闇の跫音追ふ        昭和16年

 いずれの句も、後に、昭和26年に刊行された『名もなき日夜』に収録されたものである。

「むささび」と「螺旋階」の句は、初版の巻頭に掲載されている。鬼房の世界はここから始

まったと言ってもよい。「会ひ別れ」の句は、「昭和十六年暮 南京城外にて鈴木六林男と

会う」と前書のあるように、六林男との戦場での美しい出会いの一句である。この昭和十

二年という年を、本書でみると、雑誌では渡辺白泉らの「風」(同人誌)、波郷の「鶴」が発

刊され、句集では高屋窓秋『河』、飯田蛇笏『霊芝』、高浜虚子『五百句』、星野立子『立

子句集』などが刊行されている。評論についても、白泉の「新興俳句の業蹟を省みる」

(「俳句研究」)、山口誓子の「戦争と俳句」(「俳句研究」)が書かれている。また、「社会

の出来事」の主なものをみると、「二・二六事件発生」「日中戦争勃発」「国家総動員法公

布」の年である。さらに「生活・文化」の動きでは、「初のプロ野球試合」「永井荷風『濹東

綺譚』」「愛国行進曲制定、軍歌が発表される」などの出来事が並んでいる。この年につ

いては、「七月七日の日中戦争勃発を契機に戦争俳句が盛んにつくられるようになった」

と総括している。

 このような背景を踏まえて、鬼房の俳句と並んで、同じ年に雑誌に掲載された俳句作品

を見てみると、われわれが見知ったものが数多く並んでいる。

  昼寝あはれ咽喉の仏のものを言ふ        阿波野青畝

  春の街馬を恍惚と見つヽゆけり          石田 波郷

  母がもぐ白繭黄繭霧の中              石原 八束

  征く人の母は埋もれぬ日の丸に          井上白文地

  艦隊をめぐりて秋の潮照らす            指宿 沙丘

  朧来し水夫に海の匂ひせる            大野 林火

  屋上に見し朝焼のながからず           加藤 楸邨

  ぜんまいののの字ばかりの寂光土        川端 茅舎

  枯野はも縁の下までつづきをり          久保田万太郎

  昇降機しづかに雷の夜を昇る           西東 三鬼

  張りとほす女の意地や藍ゆかた          杉田 久女

  たとふれば独楽のはじける如くなり         高浜 虚子

  まさをなる空よりしだれざくらかな          富安 風生

  咳の子のなぞ〳〵あそびきりもなや        中村 汀女

  奥白根かの世の雪をかヾやかす          前田 普羅

  かもめ来よ天金の書をひらくたび          三橋 敏雄

  夏の河赤き鉄鎖のはし浸る             山口 誓子

  みちのくの淋代の浜若布寄す            山口 青邨

    遠い馬僕みてないた僕もないた          渡辺 白泉

   虚子の句はこの年に亡くなった河東碧梧桐を偲んだもの。

   このように、昭和十二年に掲載され俳句を並べてみると、いわゆる伝統系、新興俳句

  系など問わず、確かに時代の濃密な空気が伝わってくるのがわかる。一人の俳人の作

  品を、略歴や句集を通して見るのとは違う時代の様相とともに俳句作品が浮かび上がっ

  てくる。それぞれの俳人の表現が、大きな時代や時間軸のなかで相互に影響しあいなが

  ら渦を巻くように一つの表現世界を作り上げているように思われる。同時に、一人ひとり

  が、俳句の一句一句が、相互に関係、影響し合いながら、この時代の俳句界を形づくっ

  ていることも確かなことなのだということも改めて強く感じる。

   それも本書の試みによって、俳句作品をそれぞれの時代状況の中で、立体的、多面的

  相互の関わりのなかで、はじめて理解できるようになっているからだ。

   巻末にある川名大の「昭和俳句の軌跡―解説にかえて」は、文学はもとより、他の芸術

  思潮や風俗、そしてモダン都市と言われた時代の相貌のなかで、俳句界の動きをとらえ

  るいくつかの視点を教えてくれる。

   本書は、今後『戦後篇』の続刊が予定されているとのことだが、いずれにしても、昭和俳

  句作品を論じるための、必携の一書である。





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