小 熊 座 2015/2   №357 小熊座の好句
TOPへ戻る  INDEXへ戻る






     2015/2   №357 小熊座の好句  高野ムツオ



    魚臭なき塩竈知らず寒の雨        小野  豊

   この句でとっさに思い出したのは、小学六年の修学旅行である。松島を見学して

  宿泊地の仙台に向かう途中でのことだった。バスガイドから窓を閉めるように指示

  が飛んだ。五月、陽気な日だったのでけげんに思いながら窓を下ろそうとした、そ

  の時である。初めて嗅ぐ強烈な異臭が鼻を衝いた。私一人ではない。同級生全員

  が両手で鼻を覆って声を上げる。魚市場のそばをバスが通りかかったのである。な

  にしろ山育ち野育ち。堆肥や牛馬の匂いには馴れていても、こんな濃厚な魚臭は

  経験がなかったのである。昭和三十年代、塩竈の魚市場は塩釜港の岸壁沿いに

  あり、その西側に小売市場が並んでいた。昭和四年に開設されたもので、現在の

  仲卸市場の前身である。昭和四十年に現在地に新築移転したが、それまでこの異

  臭は続いていたことになる。塩竈の水産業の歴史は奈良時代、いや記録を別にす

  れば有史以前へとはるか遡る。明治になって漁港が整備され鉄道が開通してから

  一気に活発化した。戦中は水揚げ量が激減したり、水産物にも変遷はあったが、

  一貫して日本有数の漁港としての地位を保っている。

   私が嗅いだ魚臭も、ここで生まれ育った人にとっては他に代え難い原郷の匂いと

  いうものである。掲句の寒の雨は、その魚臭こそ塩竈そのものであり、その恵みの

  元に生きてきた人間の生というものを無言のうちに主張している。

    村人の数より多し雪蛍          関根 かな

   雪蛍はアブラムシの一種綿虫の別名。秋に生まれた個体が綿のような分泌物を

  背負う。それを蛍の光に見立てた名だ。雪の降る前に飛ぶとも言われている。綿虫

  という呼名の方が土俗的で私好みだが、ここでは「雪蛍」という情感が籠もった呼称

  が効果的だ。綿虫の生息の多くは宿主であるヤチダモやトドマツ、林檎の木がある

  ところだ。トドネワタムシ、リンゴワタムシのように名もその宿主に拠る。だが、私に

  は海辺の虫の印象が強い。松島あたりでよく見かけるのに加えて、井上靖の小説

  「しろばんば」のイメージのせいかもしれない。この句は海辺の村落と鑑賞すること

  で津波被災の悲劇をも背負うことになる。すると雪蛍は津波で亡くなった多くの子供

  達をも連想させる。そして、その数が生き残った村人よりも多いということが、より悲

  しみを深くする。

    太陽だった証女のほほえみは      沢木 美子

   無季だが、平塚雷鳥が喜ぶような句だ。

    パン値上げバター売切れ町は雪     津髙里永子

   俳句に時事と取り組むのは、世俗的になりがちで要注意だが、敬遠することはな

  い。これは成功例。

    葉牡丹やマイム・マイムは陽の中で   渡辺 智賀

   「マイム・マイム」が水を掘り当てた開拓民の喜びの歌と知ると魅力が倍増する。





パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
  copyright(C) kogumaza All rights reserved