|
|
2015/3 №358 小熊座の好句 高野ムツオ
海知らず海の色なす竜の玉 小笠原弘子
三冊子の「物の見えたる光いまだ心にきえざる中にいひとむべし」は、心のひらめ
きを一瞬に摑むことの大切さを諭した言葉である。ひらめきは瞬間そのものだが、そ
の時その場限りの心の動きによってのみ生ずるものではない。それまでの作者なり
の生の軌跡と心の変動があって、初めて生ずるものである。この句の「海知らず」に
も、それは言える。海やその色を熟知していて、しかし、ゆえあって海から遠ざかって
しまった人ならではのひらめきである。私のような山育ちには至難の発想だ。「竜の
玉」はむろん植物だが、その暗い瑠璃色は、確かに水底の竜宮を恋慕っているよう
に見えてくる。
人類に冬の時代と久慈良餅 佐々木とみ子
「くぢらもち」は山形の庄内、最上地方、それに青森の鰺ヶ沢、浅虫温泉辺りで作ら
れている菓子。餅米とうるち米の粉を練り、せいろで蒸したものだ。胡桃や砂糖も用
い、味も味噌、醤油などいろいろある。山形では久持良餅、青森では久慈良餅と表
記する。山形では、元々桃の節句に作られていたという。黒い色つやが鯨の皮によく
似ているから、この名が付いたともいわれている。
掲句、人類に残されているのは「冬の時代」と、その餅のみだという。有史以前から
の止むことのない戦火、温暖化、砂漠化。原子力開発を始めとした人間の欲望の限
りなさ。それらを念頭にすれば、地球はその温度とは裏腹にまさに冬の時代を迎えた
ということになる。冬はここでは比喩的に使われているので、それにこだわれば無季
の句になるが、餅の姿形と相まって冬の季感も十分。塩蔵の鯨の皮は冬の貴重なタ
ンパク源でもあった。残された唯一のものが、これも絶滅種の代表、鯨を名にした、
久しく慈しまれるようにとの願いが託された餅だけだというところに、作者の悲しみと
イロニーが溢れている。
青空を氷塵雲集してゐたり 我妻 民雄
氷塵はダイヤモンドダストのこと。氷点下十度以下の厳寒で空気中の水蒸気が結
氷して光の粒のようにきらめきながら降る現象。北海道旭川地方が有名だが、蔵王
などの霧氷林でもまれに見られるという。「雲集」が頭上に限りなく注ぐさまを想像さ
せる。このリアリティは実際に眼にしなければ表現できないと思ったら、やはり作者は
山男であった。
薺打つ生成りのままの半生に 沢木 美子
「生成り」とは、やっと生えたばかりの角に髪を振り乱した女の怨霊。長じて般若に
なる。能の「鉄輪」の後シテで用いられる。その生成りと同じような半生であったと悔
いながらも、邪気を払う七日粥の薺を打っているのだ。ここにも諧謔が満ちている。
|
パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
copyright(C) kogumaza All rights reserved
|
|