2015/3 №358 特別作品
シエラ・ネバダ 我 妻 民 雄
伸びあがる波頭から冬鷗
鈴懸の鈴枯れ落ちて地中海
冬の濤ぴいかんの空うらがへす
焼栗の袋熱あつバルセロナ
少女撫づかのガウディの龍の顔
鶴首して待ついくつもの尖塔は
泰山木葉末にシエラ・ネバダ見ゆ
すつぽりと寒きかたちにとがる峰
あるはむぶら臘梅の香のまぎれなし
ハーレムの内庭の池うす氷
イスラムの窓は鍵型柿の冷
すすり泣くロマの提琴もがり笛
穴居には厚き絨緞お正月
目と鼻の先にアフリカ悴めり
水を木で囲ひてスケーターワルツ
冬薔薇鼻梁のほそきエル・グレコ
寝て覚めて延えんオリーブ畑三日
風花やミロもピカソも珍紛漢
につぽんを遠く鮟鱇吊られをり
スペインの解凍鮪去年今年
春告草 日 下 節 子
帰らざる人を待ちをり寒牡丹
喪の庭の日溜りのなか黄水仙
ひとり居の明日を信じて菊根分
表札も世代替りや冬木の芽
店蔵の屋号の暖簾去年今年
店蔵の鍵を鳴らして木の芽風
寄り添つて暮したむかし大火鉢
み空より羽子つく音のこぼれけり
追羽子や幼き記憶胸に抱き
母の手をひとりじめして手毬かな
手毬唄七つ違ひのいもうとに
炉話や豆ふつくらと煮あがりぬ
屋敷神はまだ地震跡に青木の実
ふるさとの山や冬日のやはらかし
段畑より滑べり落ちたる雪だるま
春告草母在りし日の香を放ち
朝空に耳そばたてて梅の花
雲間より牛の鳴き声梅三分
梅林は深呼吸して歩むべし
梅ひらきけふという日が走り出す
初明り 半 澤 房 枝
笛を吹く鳶に白鳥黙りこく
白鳥や田毎の神の深眠り
鳶笛にうねりの高き鴨の陣
倒木の沢を跨ぎて雪催ふ
倒木に空ひろがりぬ寒茜
裸木の一番星の空掴む
木菟と風が棲みつく大居久根
竜の玉石に戻らん磨崖仏
裂石の隙間に生る竜の玉
裸木となり弥陀三尊の夕明り
仏足石曼陀羅匂ふ冬桜
冬桜湾光満つる宮の森
観音の裳裾耀よふ寒茜
枯柏夜毎つぶやく一人言
風花の素足に蝕るゝ武者走り
幹を巻く力ゆるびて蔦枯るゝ
頬を刺す星を仰ぎて除夜の鐘
除夜の鐘幾谷こゆる響きかな
稜線を離るゝ初日大ゆらぎ
瑕瑾なき空ひろげたる初明り
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