小 熊 座 2015/10   №365  特別作品
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      2015/10    №365   特別作品



        遠野行         田 中 麻 衣


    整然と青田真つ新な風を生み

    供へたる胡瓜とことん曲りたる

    ホップ伸びゆくみちのくの空の端

    曲り屋に溜まる暗がり昼の虫

    蜩や仏間に人の影のあり

    岩ひとつひとつが仏木下闇

    青柿や土蔵の壁は崩えしまま

    金魚草刺身のつまとして置かる

    三陸のトンネル続き夏深し

    涼しさの突端にある水平線

    蟬の殻ここまで波が来たと言ふ

    海猫鳴くや防潮堤は高々と

    大船渡花火大会素通りす

    山家なる猫底地区の凌霄花

    舞方の鈴に重なる夕蜩

    笛太鼓五体にしみる夏神楽

    早池峰に暑き満月上りたる

    北上の流れに添ひて天の川

    冷房のひんやり届く藁草履

    新涼のまづはと声を調へる



        茄子の花       蘇 武 啓 子


    春疾風雀百羽を攫い行く

    三月の風止み絵馬の静かなり

    念仏の碑や子雀のまた一羽

    農継がぬ長子なりけり鳥雲に

    地蔵堂裏の三畝に茄子の花

    ぐずる子のやがて寝息や団扇置く

    埒もなき夫の小言やソーダ水

    蓮の花この世愛しきものばかり

    今日生きた証が欲しいあめんぼう

    機嫌よく子を送り出す花きゅうり

    麦秋の列車に開く電子辞書

    雲の峰元気出て来るカレーパン

    風凪いで今緑蔭に草木塔

    花萱草御手洗の幣揺れ止まず

    実桜や緑のクレヨン買い足して

    参之鳥居抜け夏空の真崖仏

    白詰草摘んで思い出編んでいる

    こぼれ萩小野小町に墓いくつ

    つゆ草の青に生まれる朝の詩

    新涼や猫の片目は緑色



        吾亦紅         菅 原 玲 子


    新涼や工房に吊るヤジロベエ

    金環をまなこに嵌めて青蛙

    下闇の仏焔童女水の音

    滴りの山を襖に磧の湯

    夏山の緑を溶かす最上川

    反核の折鶴ゆれる星祭り

    毒茸蹴れば濃くなる沼ノ色

    一山に陽を追いつめて片時雨

    水底の碧さ見たくて鳰もぐる

    雪晴れや風が鞣せる藤の莢

    陸奥の空晴れて子守の橇を曳く

    切り株に腰かけてより百千鳥

    四阿の語り和らぐ若葉風

    走り根の鉄管の如雪解道

    炎天に喉ぼとけ見せ水を飲む

    送り盆玩具残して児等帰る

    豪雨止む束の間激しちちろ鳴く

    行秋の新宿に観る遺作展

    熱燗やきんぴら牛蒡香り満つ

    末枯や大工真っ赤な鉢巻す



        B 面         松 岡 百 恵


    十薬や少年Aに母ひとり

    薄衣座して鏡台ならしむる

    楽しきをぐるぐるぐると浮き輪の絵

    空蟬の土になるまで土を抱き

    争ひを地図におとして夏休

    ゆく夏の砂粒払ふ小さき手

    泡硝子晩夏光ごと吹き込まれ

    涼風や大きな岩に名前あり

    おはじきの列に一つを足して秋

    酸漿の零れて姉の去りし家

    西瓜の種並べ星座にならんかと

    風やまずコスモス時に否といふ

    平成の小さき鶏頭ばかりなり

    彼岸西風夜間金庫の巣穴めき

    富士山は三角の山四月馬鹿

    幾許の母の工賃竹の秋

    後の世は君の吹きだす石鹸玉

    綻びを埋めるなら泥つばくらめ

    新札は無垢なる紙か麦青む

    B面の長きタイトル含羞草



        異邦人         瀬 古 篤 丸


    大向日葵壁の影生み異邦人

    虹二重放浪といふ生きかたに

    船虫の霧散したるも亡命か

    あたりまへのやうに独語夏落葉

    釣人へ水母の無言セーヌ河

    涼風や人声満てるカタコンブ

    夜の秋覗き見したる懺悔室

    秋暑しオペラ座前の交差点

    霧雨の塔暗きまま人拝す

    エッフェル塔雨月の窓にこそあらめ

    黒ぶだう美しき老いなどなけれども

    神父立つカフェの店先牡蠣並ぶ

    傘ささぬパリジャン壁へ稲光

    ボヘミアンの習作として秋の雲

    栗焼く香フランス窓には秋の雨

    いつまでもマドモアゼルと秋の蝶

    入相の色の乞食やいてふちる

    鰯雲夜行に乗つて戦場へ

    探偵の嗅覚とやら菊日和

    今朝の秋このカフェのこの窓際で



        七十年         宮 崎   哲


    八月の潮風我に帰心あり

    敗戦忌平和の授業記憶なし

    聞いた事聞かされた事敗戦日

    敗戦日も廃炉作業の男たち

    掴まりし津波の木あり秋の蟬

    北溟のひとりひとりの星流る

    秋暑し海を隠せし防潮堤

    立秋や海が地球の顔であり

    国名は被曝国です秋立てり

    戦後まだ七十年ぞ黴の国

    舌にまだ脱脂粉乳天の川

    秋暑し国民服の遺影あり

    戦場の兵士とならずソーダ水

    戦争の話をしない鰯雲

    ビラはみな戦争反対秋日濃し

    国家という文字が嫌いやとろろ汁

    事実のみそれだけでよし敗戦忌

    人類に耳・口・目あり八・十五

    盆北風や遺影の父と同い年

    豆粒のような地球や秋の空





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