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 小熊座・月刊 
  


   鬼房の秀作を読む (62)      2015.vol.31 no.366



         芭蕉似は弱きはらわた冬紅葉       鬼房

                                   『瀬頭』(平成四年刊)


  鬼房は病のデパートと呼ばれるほど、様々な病を抱えていたそうだ。芭蕉もまた、胃腸は

 弱かったらしい。中七「はらわた」の後には、「のみ」が省略されているのだろう。芭蕉に似

 ているのは、胃腸が弱い事だけだと、これは鬼房の自嘲であり、もっと言うなら、謙遜であ

 る。

  芭蕉は今でこそ俳聖と呼ばれているが、当時は少数派であったと聞く。徒歩で東北を踏

 破し、『奥の細道』を著した芭蕉に、鬼房は親近感があったのかもしれぬ。

  鬼房はあの白泉の選を受けた一人であるから、当然、俳句に命懸けであったろう。時の

 権力にも俳壇政治にも与しなかったであろう。病弱であったかもしれぬが、気迫は東北の

 荒夷たる偉丈夫である。〈戦あるかと幼な言葉の息白し〉の告発は未だに生きて聳え、天

 に問う。「陰に生る麦尊けれ青山河」は、神話を疾駆して、一気に日本の国土の根源へと

 迫る。それほどの句を成す鬼房に、自負がなかった筈はない。掲句から謙遜である「弱き」

 を外すと、鬼房の密かな自負が見えて来る。芭蕉似のはらわた、即ち、我が肚は芭蕉と同

 じく、多勢に臆せず、独り我が道を拓くのだという気概である。冬紅葉とは、その肚の色で

 あろう。東北の冬の厳しさに抗し、暗い陽光の下、真っ赤に燃える紅葉である。それこそが

 我が肚、即ち我が俳句である、と鬼房は示すのだ。

                                          (竹岡 一郎「鷹」)



  鬼房は病とともにあった。

  掲句の「はらわた」でいえば、鬼房は六十七歳の時に胃四分の三、膵臓二分の一、脾臓

 をすべて摘出切除している。その他、皮膚の悪性腫瘍、糖尿病などを患う。

  それにもかかわらず痩身を崩すことなく、俳句表現に挑み続けた姿は胸を打つ。気の向

 かない会合の招待には、「仮病」を理由に断った話を直接聞いて、思わず笑ってしまったこ

 とがあった。病いそのものと同伴、一つになりながら、自らの表現の糧にしようとすらしてい

 た。

   孤狼として死ぬほかはなし病む晩夏      鬼房

   いくつもの病かきわけおでん食ふ       鬼房

  芭蕉もいくつかの持病に苦しんでいた。「笈の小文」の旅の途中では、「例の積聚(しゃくじゅ)さし

 出て」として、医者に薬を所望している。この病は、(しゃく)とも言って、胃痙攣などをともなう。

 「はらわた」の病である。その他、脚気や痔疾を抱えていた。

  掲句の鬼房は、同じ「はらわた」の病に患う芭蕉の生に重ね合わせる。それは芭蕉への

 敬慕、そして親しみである。しかしそれに止まらない。表現に身を置く一人としては同じだが

 鬼房には、みちのくに生きる矜持の思いが滲み出ている。冬にしてなお枝に残る紅葉、冬

 紅葉にすべてが語られているのだと思う。

                                         (渡辺誠一郎)






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