小 熊 座 2015/11   №366  特別作品
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      2015/11    №366   特別作品



        葛              柳   正 子


    鵣きて野は空よりも寂しかり

    待宵の波も端山も冷えて来し

    きりぎりす夾雑物のごと無数

    甘言は花野で聞かう晴れた日に

    本性は阿修羅でいたき放屁虫

    東京の端から葛がじわじわと

    秋出水合流とげて奔流に

    我に触れすぐ飛び立ちぬ草の絮

    十六夜の金星低くかかりけり

    秋天のひとひら欲しき両手かな

    魂の浮力と等し根無草

    まくなぎの蹤きくるかぎり暮れなづむ

    神武以来笛や太鼓や夏祭

    炎天の底に犇めくビルの影

    誘ふやうに試すやうに夏の蝶

    正面の富士後方の炎暑かな

    夏雲の端に若者たむろする

    あるだけの庖丁を研ぐ黴の家

    アロハ着て土産の鳩サブレを出す

    夏終るさざ波のやう人流れ



        八月から秋へ       春 日 石 疼


    句仲間と握手で別る秋のデモ

    砧打つごとく反戦伝へたし

    調弦のまなうらに泛くうろこ雲

    桃啜る鼻の奥まで濡らしては

    桃啜る口に悪意を秘めてゐし

    斎場を出て木犀の胞衣の中

    立居する木犀の香を吸ふために

    木犀の雨後や五体の子守篭

    願はくば木犀の香の花の下

    縛られて荷風全集西日濃し

    点されし原子炉煮えし泥鰌鍋

    空蟬を探すごとくに飛びにけり

    夏草を刈りし手洗ふ潦

    伸びきれば息殺すのみ夏の雲

    父母はどこかへ行つて蛍の夜

    玉砕の島に玉音みなみ風

    アベ政治アベ的政治あぶら照

    無名なる兜太喜べ晩夏光

    秋の雨八十路二十歳がデモ組んで

    虫の闇ここより宇宙始まりぬ



        車前草の花        志 摩 陽 子


    黙すたびしやりしやり崩すかき氷

    青葉木菟無心に墨を磨りをれば

    水責めになれど色めく水中花

    日焼子の身軽に磴を駆け上る

    客の来て脇に遣らるる竹婦人

    虹仰ぐ人それぞれに笑み浮かべ

    来し方を色鮮やかに走馬燈

    車前草の花踏まれても轢かれても

    今年また敗戦日と書く日記かな

    別れあり出会ひもありて八月尽

    やうやくに重荷を下ろす夜涼かな

    色なき風岬に地震研究所

    吟行の句帳に島の秋日濃し

    浮き雲のいつしか消えて天高し

    口笛の少年と会ふ秋の夕

    八つ岳の黒く控へる星月夜

    秋気澄む古城へつづく坂の町

    日の当る城垣を這ふ穴惑ひ

    沢風を遣り過ごしたる穴惑ひ

    無に帰るひとりの夜をちちろ鳴く



        旅の記憶          八 島 岳 洋


    老いらくの恋止むべくもなし木の葉髪

    廃墟とも津波の碑ともあをみどろ

    南部風鈴駅がまるごと爭鳴す

    死者生者跳ねてよろこぶ盆踊

    万緑の底の阿修羅の黒部川

    白樺の肌の明かるき走り梅雨

    入院棟初蟬のこゑ滲み入りぬ

    カーテンの内の孤独や暑苦し

    臘梅に日の棲むみちのく日和かな

    鞦韆や運と不運は二分の一

    建長寺門前食堂夕しぐれ

    けんちん汁食つて時雨をやり過ごす

    箱根路に首洗ひ井戸青葉木蒐

    手掘りせし天城隊道蚊食鳥

    怨霊も蜥蜴も走る石畳

    手土産に買ふ空海の銀屏風

    木の間洩る無量光とも奥の院

    黒揚羽金剛峯寺にすつと入る

    宿坊に共に過ごせし揚羽蝶

    羅臼岳背に負ふ浜や昆布干す



        白夜光           森 田 倫 子


    鉛筆の芯が匂うや桜桃忌

    雲の峰少年水のにおいする

    虫飼うてお伽噺を読み聞かす

    化野へこれから行くと赤とんぼ

    祖母の声わすれな草は摘む勿れ

    裏山へもどる幼霊綿の花

    スコップを置き忘れたる天の川

    アルバムの台紙は黒し終戦日

    赤子泣く反戦デモへ大西日

    露の玉父の軍服うらがえす

    かたつむり父の釦を捜しけり

    臥す父の遠まなざしや苔の花

    梨を剥く母の小指に古き傷

    かなかなや妣かもしれぬ鍵の音

    カンナ燃ゆ母の秘密くすぶりて

    父母の寝息はふかし月見草

    たたまれて薄き夢みる水中花

    誰もいぬ庭となりたる白夜光

    仮設建つ路地の奥より秋の声

    大仏の胸に垂れたる瓔珞草





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