小 熊 座 2015/12   №367 小熊座の好句
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     2015/12  №367 小熊座の好句  高野ムツオ



    豊年の水平線へ鶏の鬨          土見敬志郎

  小正月の行事に「かせ鳥」というのがある。「なまはげ」や「ほとほと」と同根で、かつ

 ては全国各地に見られた行事だが、今は山形県上山地方にわずか残っているだけ

 であるらしい。もっとも、それも明治に一度途絶えたものを、昭和三十年代に復活さ

 せたもののようだ。厄年の男たちが藁の腰巻や蓑を纏い、各戸を訪れ「カッカッカッ」

 と鶏の鳴きまねをして、米や餅、銭を貰い歩くものだ。訪問された家がなぜ施しをす

 るかといえば、「かせ鳥」が、その年の幸福をもたらす使者であり、鶏の声はその神

 の声であるからだ。鶏に呪術的な力を受け止めるのは日本だけに限らない。中世の

 ヨーロッパから普及した風見鶏も悪魔を追い払う太陽の象徴である。『古事記』の天

 の岩戸で天照大神を呼び出す「常世長鳴鳥」も同様であろう。鶏の声には、悪霊が跋

 扈する暗闇を祓い、平安な時間の訪れをもたらす力があると古来から信じられて来

 たのだ。宮城県沿岸に似たような行事「ちゃせご」があったが、その来訪者である子

 どもたちは「明きの方から来した」と挨拶する。「明きの方」は恵方のことだが、日が

 昇る方角でもあるのはいうまでもない。

  もう掲句に触れることもなさそうだが、念のため言い添えるなら、この句の鶏鳴は豊

 年の予兆としてではなく豊年そのものの言祝ぎである。それも今まさに水平線から上

 ろうとする朝日を讃えながら。

    頭から走る機関車文化の日        上野まさい

  文化の日は日本国憲法公布の日である。本来なら憲法記念日となってもよかった

 が、かつての明治節つまり明治天皇の誕生日だったため、GHQの反対もあり、憲法

 施行の日の五月三日が憲法記念日となったのである。それでも世界で初めて戦争放

 棄を憲法で宣言した重要な「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」として文化の日

 は定められた。

  日本で蒸気機関車が初めて走ったのは明治五年である。イギリス製であった。国

 産化したのは明治二十六年だが、すべてオリジナルとなるのは大正に入ってからで

 ある。戦後、電化も進み高速化した。まるで近代の歩みそのままに機関車は日本を

 突っ走って来たのだ。「頭から走る」という表現が、そんなことまで感じさせる。機関車

 が突っ走りすぎて、文化の日の本来の意義まで飛び越えてしまうのではないかと危惧

 するはおそらく私だけではあるまい。

    新兵が季語でありし日おけら鳴く      竹内 葉子

  手元の平凡社版の『俳句歳時記』をひもとくと、確かに「初年兵入隊」という季語が

 あり、「入営」や「新兵」などの傍題が並んでいる。一月が入隊で二年後の十一月末

 が除隊となる。徴兵制が敷かれていた頃の季語だ。

  「でありし日」が「となりし日」にならぬようにとの願いが諧謔を伴って伝わってくる。

    戦争をどう生きたのか竈馬         永野 シン





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