小 熊 座 2016/3   №370  特別作品
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      2016/3    №370   特別作品



        今朝の夢        佐 藤 成 之


    春の足音が原稿用紙から

    足跡を残さぬことも春の雪

    一秒の十分の一風光る

    全力の輪転機より春の闇

    何もかもなくして繭の中にいる

    蟬の脱殻が無数に今朝の夢

    五十年生きて白靴何足目

    夏の空スタートライン引いてみる

    曝されて全身影となる鴉

    日焼けして次のバス停にて降りる

    夏の果ひとつの点として私

    風吹けば一本道の秋である

    夜の秘密林檎に蜜のあるごとく

    幸せはバターの香り小六月

    01〈デジタル〉の世界に暮らし冬籠

    短日や臍に人生訊いてみる

    冬銀河父の書斎にある余熱

    星冴ゆる嫁入り道具の母の辞書

    寒卵生まれる前はみんな闇

    春隣一一三番目の原子



        餅 花          半 澤 房 枝


    雲割れて初日鳥居をまず照らす

    金箔を湾に敷きつめ初日の出

    稜線に溢れいでたる初茜

    段畑の葱折れつくす怒涛音

    地蔵尊頭巾褪せおり霜の辻

    鍬の柄にしかと焼印鍬始

    束の間の湾の一景冬の虹

    夕鳶の輪を描きつつ山野枯れ

    摺上の山ゆるがして雪起し

    峨々の湯の夜明華やぐ霧氷林

    冬の虹時雨と共に消え去りし

    鰤起し荒波尖る日本海

    餅花や老舗のゆるぎなき柱

    繭玉や手斧削りの煤柱

    餅花のゆれて老舗の並ぶ街

    枯るるもの枯れ石仏の慈眼閉ず

    白鷺の孤独に淑氣田川べり

    びっしりと氷柱を鎧い不動尊

    山肌に水韻絶えず残る雪

    白鳥の番の水脈綺羅を引く



        登 米          太 田 サチコ


    みちのくの春が来てゐる明治村

    立春の登米ラーメン食つてゐる

    学校の硝子の歪み冴返る

    音律の狂ふオルガン山笑ふ

    教科書の墨の棒線春動く

    鉄道の信号旗や柳絮舞ふ

    待春の足踏ミシン毀れてる

    剥製の鷲が飛び立つ寒の明け

    甲冑の鈍きまなこや春浅し

    軍扇の九曜紋から春の鬨

    月を生す兜の紐や春灯

    幾度の春が巡りし陣羽織

    春風の一方通行冠木門

    玄昌石の屋根の勾配冴返る

    草青む錆しバケツの釣瓶井戸

    パトカーの展示の館寒戻る

    きざはしの板の磨り減り二月尽

    能面に残る寒さや森舞台

    登米能の衣裳の展示春兆す

    啓蟄の甕が転がる能舞台





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