2016/10 №377 特別作品
秋暑し 宮 崎 哲
秋の海深く潜れば鰭生える
言霊の何も攫わず土用波
輪郭の太き面影星月夜
秋暑し遺構の鉄骨砂を嚙む
胡桃割る戦争知らぬ大人たち
秋の夜のポツダム宣言読み進む
自由という権力があり胡桃割る
鰯雲高層ビルに絡みつく
左手は手を繋ぐため草の花
新米のおにぎり母の匂なり
観覧車風にはなれず秋に入る
背伸びする少女の髪に初嵐
台風の眼の中に居て熟睡す
少年のブリキの箱や天の川
頬杖の肘に纏わり秋の蠅
秋の雷「名もなき日夜」わが詩囊
秋深し定期検査のレントゲン
千年の地上の涙水の秋
下宿とは低き天井十三夜
海溝の光となりし星流る
折々の… 髙 橋 彩 子
下足箱の百円戻る初湯かな
御降りやしずかに痛む膝頭
春月や畳の上の鯨尺
なおざりに打つ待針や春日和
蓬摘むなり誰も居ず誰も来ず
梅干して銃後の守り解かぬ母
蛸壺や蝦夷の裔は奥眼
青葉騒板碑は北へ前のめり
一枝は地に落ち着いて若楓
香水を造花の芯に二滴ほど
陶枕のふたつ並べて売られけり
アナログが悪いかトマトを丸齧り
この星もいずれ消えゆく夕かなかな
芭蕉像少し俯く秋暑し
ぐずぐずと分水嶺の秋津かな
秋風や真中ちぎれし千社札
ちちろ棲む一刀彫の馬の耳
FMにノイズ拾うや稲の花
千枚田の一枚隠す案山子かな
いなびかり金継ぎ皿の片ピアス
激 流 武 良 竜 彦
西瓜玉斬首のこうべ抱き歩く
薔薇垣の狂気に触れて行き惑う
にっぽんを啓きて閉じし夏は来ぬ
別れ来て背骨にいつか棲む螢
冥府へとわれを突き出す灯取虫
死は激流と宣う仕掛け花火かな
血管は一方通行脂照
二重虹死よりも遠き天の果て
寒鴉路上にわが影踏んで待つ
あの峠けもの越えればそこから冬
目を閉じると滅んだ國のてっぺんに挿されている鳥たちの死骸の姿が浮かぶ。それが一つや二つではなく
次々に顕れては消えるので、わたしの短期記憶からすぐ零れて落ちてしまい、いつも一つの疑問だけが鮮やか
な旗のように天空に翻る。
なぜその挿された鳥たちは挙って黒いのか。なぜ旗だけがあんなに紅くはためくのか。滅んだ國の「わたした
ち」は國が滅ぶほどの禍が、そろそろ起こって欲しいと祈っていたそうだ。でもなぜかいつも滅び損ねてしまうの
で、朝靄や夜霧のように、「わたしたち」が日毎に地に這うようになると、緩慢な仕種で國は滅ぶ。だから死が自
覚されないのだ。
それが、鳥が黒いことと、旗が紅くはためくことの理由にはならないはずだが、わたしの脳内に言い訳のように
その言葉が流れてくる。この星の死まで待てない國たちのたくさんの言葉が、目を閉じるわたしの脳内に流れ
止まぬ激流という葬列をつくり続けている。
(竜彦)
虫送り 船 場 こけし
神々の山懐に滴れり
万緑の風吹き渡る棚田かな
涼風のほしいままなり千枚田
ほつほつと灯るろうそく夏夕
水音の涼しく棚田暮れゆけり
しづしづと虫送り殿お通りだ
鐘の音に続く鈴の音虫送り
虫送り死者も生者も影となる
闇を負ふ巨石は神か蟇
熊野路をゆく声かなし鹿の王
夏怒涛海の神とは産みの神
銀漢の水平線に渡海船
補陀落の海より生るる雲の峰
黒潮の藍色うつす秋刀魚の眼
さんまさんま秋刀魚の歌を飄々と
獅子岩の空をのみこむ大花火
浮島に猫一匹と赤とんぼ
みちのくの新しき墓秋の風
父がゐて母もゐる国ほうたる
蘇る日本狼螢の夜
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