2017/1 №380 特別作品
百 歳 上 野 まさい
文学にとほく銀杏炙りゐる
白髪も育てしものか鰯雲
月のぼる等間隔の電柱に
墓あまた隠して昼の芒原
冬に入る龍のすがたの文鎮も
死支度といふがありけり蝗とぶ
首太き牛てなづけて冬の父よ
どちらかと言へば短気や葉鶏頭
はらからの顔映りたる龍の玉
お手玉の端切さがせば西鶴忌
あそびつつ落ちてくるなり綿虫は
冬空を分かつ真つ赤な観覧車
飽きてくる生きることにも林檎にも
鳥けもの相手に生きて冬日向
ゐのこづち頭の中にはびこりぬ
橙と相生あしき晩年は
狐火に太初の闇があるばかり
平等に温め酒つぎ老いるなよ
薺粥又も昭和に戻りたる
百歳も混じり猪鍋囲むかな
扉 斉 藤 雅 子
麦の芽のひかりを弾く身を弾く
若葉騒夜行列車は不滅です
麦秋や遥かに奈良の香りして
耳鳴りとも電子音とも明易し
猛暑日の思考回路の組み違え
千羽鶴の束の連なり晩夏光
麓へと紅葉だるまさん転んだ
あの日より我を離れぬ烏瓜
からまつ黄葉記憶が重ならない
鬱放すよう鶏頭の種零す
銀杏黄葉オブラートを剝がしたよう
洎夫藍を摘む後ろに戦の匂い
綿虫を数え彼の世のパスワード
扉のように古稀の日の夕すすき
見えぬもの描くにほどよき夜長
過ぎ去りしことはそのまま冬仕度
栃落葉どっさり縄文遺跡
小春日へ放浪梯子を架ける
鍵盤を歩く白猫シクラメン
柚子風呂に鬼柚子のあり明日の息
白地図 森 田 倫 子
夕焼や淋しき人の喉仏
羽抜鶏記憶の一つ失いぬ
初蛍あわせ鏡で見たるかな
石榴裂く罪なき石榴裂きにけり
絵蠟燭灯してもみる神無月
聞き慣れぬ病名ありて文化の日
敗荷やシベリア帰りの父が佇つ
故里はまぼろしなるか赤蜻蛉
蓮根の穴に鎮まる昨日きょう
秋の夜や遠い記憶の火焔土器
太古なる山河まろめて銀杏かな
背徳の匂いが少し酔芙蓉
吾亦紅かすかに見ゆる里灯り
月光の染みたる石や一葉忌
手アイロンかけて時雨をやりすごす
はらはらと手紙書く間の初時雨
密柑山人の少なきこと忘る
オリオンを見るなら素足われも星
凍星を一つ摑むかアベマリア
白地図のありて白鳥帰りたる
雪 蛍 神 野 礼モン
月形の馬頭観音雁渡る
僧正の行ったり来たり毛皮履
芭蕉忌の読経沖へと流れゆく
岩窟に風の集まり冬紅葉
冬霧の動きはじめし毛越寺
紅葉かつ散る干されしままの竿のシャツ
夜更しの夫の林檎をかじりおり
口中のくすぐったいよ零余子飯
ハックルベリージャムは目に効き冬銀河
視力検査表の良く見え鳥渡る
ステンドグラスの深き虹色冬の駅
桜島小みかん地球回ってる
十一月の雨仁丹の粒五粒
病院の待合室に毛糸編む
蟷螂の卵嚢草の匂いして
蕪栗沼のマガンヒシクイ寝ぐら入り
雪蛍地盤沈下のままの駅
リリーマルレーン石蕗の明りと塹壕と
死者の手の長さのように葦枯るる
桜貝のピアスの重み小鳥来る
夜の青空 坂 下 遊 馬
除染土に揺るるコスモス夜の青空
団欒もまた死語となり鳥渡る
海鳴りの内耳に還り来る月夜
秋色の坂秋色の無人駅
教会の坂がちの道銀杏散る
反骨の人の寡黙や秋の風
頬杖をすぐつく癖や秋の風
棒稲架と眼下の海の落暉かな
錦秋の山の日影に鬼棲めり
島の秋埠頭に並ぶ海猫と鵜と
ヒトもウニも遺伝子二万冬銀河
鈍色の雲の翳より冬の虹
遠き日の消灯ラッパ冬の月
あてのなき旅のバス停木守り柿
薄ら日の枯野に揺るる狗尾草
官衙址の礎石に落葉しぐれかな
鳥の空水面にありて蓮の骨
冬青空線画のやうな梢かな
雨の舗道銀杏黄葉はパズル片
枯芝の温もり足裏にある朝
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