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 小熊座・月刊 
 


   鬼房の秀作を読む (77)      2017.vol.33 no.381



         不死男忌や時計ばかりがコチコチと         鬼房

                                  『愛痛きまで』 (平成十三年刊)


  佐藤鬼房さんの掲句の鑑賞文を小熊座編集部から依頼されたので、乏しい資料しか持

 っていない私だが、掲句から受ける直感だけで、書いてみることにしたい。

  西東三鬼や山口誓子を師系に持ち、尊敬する俳人の一人に秋元不死男が居たというぐ

 らいの知識しか持ち合わせていない無知な私である。

  コチコチと、という時計の音から連想するのは、あの有名な、こきこきこきと缶詰を切る不

 死男の名句である。私は高校の現国の時間で習った。今読み返すと、不死男という作家の

 個性と改めて出会い直す。

  人に対する愛情をたっぷり抱え、愛すべき人格・人品を、この、こきこきこきの俳句作品

 から、今では読み取れる事が可能になった。佐藤鬼房さんについて、その俳句作品の僅

 かなもののみを読んだ印象は、今述べた不死男の感触とクロスする性質のものがあると

 思った。

  不死男も、鬼房さんも、人生の辛酸を嘗めた苦労人ぶりが愛され慕われる人柄であった

 に相違ない。そんな親愛感で付き合ったふたりの俳人。亡き不死男に語りかけ始める鬼房

 さんの声なき呟きが掲句から聞こえてくる。鬼房さんの熱い心は、不死男をこの世から失っ

 た無念さと、コチコチと動き続ける時計の孕む空虚な不在感の、哀切な悲しみを、表現しよ

 うとしたのである。

                                               (矢田  鏃「らん」)




  父は子供の私達によく風呂で軍歌を歌ってくれた。「戦友」、「麦と兵隊」、「暁に祈る」、

 「露営の歌」。「軍歌とはけして勇ましい歌ではない。哀切で限りなく淋しい歌だ」と言いなが

 ら、だからこの句に接した時、まっさきに浮かんだのは満州の大地、赤い夕陽、「戦友」の

 舞台で、時計だけが虚しく時を刻んでいるという光景。

  不死男忌は7月25日、昭和52年に没した。秋元不死男と大正八年生まれの鬼房の間

 には、どんな交流があったのだろうか?

 「降る雪に胸飾られて捕へらる」

  不死男は昭和16年、俳句事件で検挙。投獄されている。鬼房も実はスンバワ島で終戦

 を迎え捕虜のうきめにもあっているのだ。

  不死男には、「夜店寒く(はしけ)の時計河に鳴る」という時計の句もあるが、私にはどうし

 てもこの時計は、夕陽の荒野で立ちつくす男の手の中で無情にコチコチと時を刻んでいる

 戦友の時計に思えてならないのだ。生と死、その間を流れる時の無常。戦後生まれの私に

 も、あの苛酷きわまりない時代を生きて戦った男達の友情とその後を思わせるのだ。

  もしかしたらこの時計は、不死男から鬼房に手渡された形見ではないのだろうか。常に

 病魔と向き合っていた鬼房。死なない男と書く不死男。男達の友情は、時に命がけである

 だけに限り無く哀切である。

                                         (草野志津久)





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