2017/3 №382 特別作品
伊予の旅 日 下 節 子
タラップの一歩や小春の影濃かり
冬青空ここは松山子規の地ぞ
念願を叶へ友との墓参かな
とりどりの落葉を纏ひ墓ぬくし
合掌は深き黙なり落葉降る
掃き寄せし落葉何かを言ひたげに
道問へば伊予の訛のあたたかし
三千年の名湯に浸る冬月夜
師走の街坊ちゃん電車ガタゴトと
漱石に似てゐし車掌冬うらら
道端に一人の遍路影曳いて
一期一会お遍路さんに手を合はす
登高やムサシアブミの実に会いて
息白し宇和島城に杖立てる
冬麗や伊達秀宗の天守閣
家紋まで竹二雀や影冴ゆる
ガイドブック確と小春の伊予の旅
絶筆三句ひとり師走に涙せり
崩し字の子規の句帳や冬灯
暮早し子規館離れ難きかな
置 賜 清 水 紗 倭
牡蠣飯や土鍋の癖を知り尽し
大白鳥黒き礫となりて消ゆ
上杉の山河を統べて大白鳥
戯れ唄を景気に若衆餅を搗く
板戸二枚占めて懸けあり熊毛皮
山神に額づきて猟終りけり
叱りたる後の気まづさ息白し
風邪の眼にヒマラヤ岩塩ほの赤し
極月やうしろ進みに缶を切る
地球儀も布袋様をも煤払
捨てる気の簞笥空つぽ去年今年
初夢に古き記憶のニコライ堂
書初や「平和な国」と幼な文字
隊列を組むでどんどの採火式
置賜やどちら向きても眠る山
一と夜さの雪に埋もる藩主廟
母在らば拝みしやうな寒の月
どか雪やひたすら使徒のごとく掻く
卍巴に雪降り込みし最上川
寒紅や口開けば嘘言ひさうな
冬の虹 佐 藤 レ イ
新雪を被て雪だるま校門に
犬猫猿綿菓子のように雪を喰む
介護とは回転させて剥く林檎
家内安全猫も杓子も一月へ
頬紅は熊野筆にて冬の蕾
旅に出て智恵子の山に冬の虹
本屋にておでんの材料立ち読みす
ピザ焼けるを待てども雪の降るばかり
春よ来い空飛ぶ車で夢掬う
きりたんぽ鍋は食べ頃父を恋う
初日記途中でペンはインク切れ
男湯より桶の音のみ太氷柱
朝刊にきらきらネーム吹雪来る
シャッターの焦点のぼやけて大寒
うごめいていく下帯は蘇民祭
風花や墨のかすれる草書体
薄氷や深夜ラジオの声がする
冬籠クロスワードのコマばかり
冬花火村が一気に匂うなり
つるつるの肌ばかりなり初茶会
冬を病む 武 良 竜 彦
水底に異界見て来し小鴨かな
零すため両手で掬う冬茜
冬時雨光る墓石かわが肩も
けあらしを亡者手に手を携えて
血飛沫か地中地上に美濃の霧
鉄塔が我が魂吊るし氷雨降る
美濃を病む我も幽けき枯芒
佇めばたましい撓む冬小鷺
人は逝く絡みしままの枯葎
野水仙手向けて我が魂水底へ
冬を病む。風景に病む。思いのやまいが影を生む。地を垂直に沈めば濃尾平野には雑兵たちの血が累々たる地層をなして
いる。そしてその地表を清めんと、木曽川、長良川、揖斐川、犀川、いく多の一級河川が大量の涙を流し続けようとも、平和とい
う新手の戦火に晒された命たちは、数本の物流動脈に切り刻まれ、肺細胞を汚染粒子に浸潤されている。
刈田を水平に渡る美濃の風はがらんどうの一夜城を晒し、乳房状に盛り上がる金華山に垂直に聳える岐阜城は、美化され
た殺戮の碑であることを厭わず、人はみな通りすがりの異邦人と化して、スモッグが閉ざす山頂からの眺望に溜息を漏らすこ
ともなく、慌ただしくシャッターを押して下山してゆく。
身體も言葉も膨大な平面の晒しものと化して久しく、ルート21を昼も夜もなく疾駆するコンテナ車に積載された揮発性血漿商
品となって、どことも知れぬ街で荷解きされては、新たな晒しもの顔を獲得し続けるのだ。 (竜彦)
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