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2017/9 №388 特別作品
黙々と 上 野 まさい
新樹光くらがり峠抱きたる
春一番二番軍歌に動く耳
図らずも春雷にあふ戦友会
休日のおたまじやくしに取り憑きぬ
国敗れ蟻の一群高歩く
戦場へ発つ貨車ばかり五月闇
麦わら帽軍艦マーチ聞くたびに
捨てるほど朝顔咲かせ兄いもうと
同じ木におんなじ顔の油蟬
追はるるか眠つてゐるか蟇
水打てばしんと応ふる大地かな
炎天下父よ母よと木に登り
あめんぼに頭がひとつ泡ひとつ
両腕にみなぎる血潮蚊に分かつ
火種てふ懐かしきもの八月来る
闇市の裸電球ソーダ水
戦後七十余年紅きはむ葉鶏頭
戦争を知らず老いたり吾亦紅
人の世に戦をなげき終戦忌
黙々と黙々と生き敗戦忌
青山椒 あ べ あつこ
六月の風というなら子規の風
鮎食べて五臓六腑をきれいにす
利根川へ昼顔蔓を垂らしけり
一万歩とは蟻いくつ踏み来しか
玉虫を乗せ帰る手の重さかな
作業着の男らと待つ泥鰌鍋
交わりは自ら断てり青山椒
夏痩せぬ鷹女机辺に置けばなお
昼寝覚人買舟は沖を漕ぐ
雷雨去り大工ら釘を打ちはじむ
鉄の香は血の香と似たり稲光
雲の峰舌に崩るるカルメイラ
梅雨鰯まずは夕餉の卓を拭き
真っ白な嬰の歯並び梅雨の月
もろこしの髭をやさしと剝きにけり
制服のスカート重し栗の花
パ リ
薔薇挿してパリの一室わがものに
クリムトの接吻の下昼寝覚
太きアスパラセーヌ左岸の朝市に
リラ高しピアフモンタン眠る街
汗のボール 鎌 倉 道 彦
山眠る廃村廃屋扇状地
ただ眠る胆沢扇状雪無尽
寒の月ぎしりぎしりと胸の音
闇深く子の声のびて鬼やらい
しゃぼん玉には見えぬなり遺構の錆
騎馬戦の足に絡まる青葉風
大南風男子部室は開いたまま
真っ直ぐに伸びくる竹刀若葉風
円陣や汗のボールがひとつあり
一斉に振り向く教室夏嵐
夏深し作者不詳という絵画
夏の雨クルスにかかる深き息
前九年の役の跡かな青葉騒
月涼し夜市の後の紙コップ
樹の瘤に鬼神が棲みて青嵐
青田風ごとごとごとり電車過ぐ
五月闇一秒先はみな新
黄揚羽十勝平野のど真中
山祇の鼾か空へ滝の音
妻がいて子がいて夕の白牡丹
入道雲 平 山 北 舟
死者生者いづれも魂や川開
ちやぐちやぐ馬こことに少女の凜々しけれ
なかんづく踊る少女の白き指
えんやどつとえんやどつとと帆手祭
引つぱれる闇の重さや武者佞武多
蝶のふと消えし知覧の籬かな
火口湖に秋冷到る鳶の声
薔薇の夜ロンドン塔は血の匂ひ
聖歌隊の赤きスカーフにも薄暑
創業百年西日くひ込む赤煉瓦
緑陰の走り根城址鷲摑み
炎天の影をゆるさぬ啄木碑
不来方の入道雲や古稀われら
郷愁とは不来方城の夏の雲
百年の玻璃戸を透けて夏の街
囮鮎のあはれ元気や風の音
梅雨晴の啄木の山青き山
五月鯉月山の風賜はりぬ
朝凪や海苔粗朶もなき松川浦
炎昼や油膜漂ふ廃運河
磐城幻夢譚 渡 辺 誠一郎
白水は泉をつくり蓮の華
大池の逆光鎮め水すまし
青鷺の影纏うかに観世音
水鳥は浄土の空の欠片より
断崖は海桐の花の花言葉
炎天の風を巻きたる塩屋埼
恋人と纏い行くなら夜光虫
ため息はいくつ崩れて夏の浜
津波禍の磐城七浜蚊喰鳥
草野家の天井高き夏炉かな
心平の細目は親し行々子
煤もまた鴨居でありぬ緑雨
幽明の櫛田民雄のインク壜
羽蟻飛ぶ天明飢饉の碑裏より
鎌首擡げ夏の勿来の艮に
この奧は蝦夷の真闇青胡桃
津波去り大水槽の水平線
燃料デブリ億千の火蛾四散
じゃんがらの手足が消えて夏柳
落日の磐城平城苔の花
死者の書 武 良 竜 彦
広島へ蕉翁北に発ちし日に
垂直に降らす憎悪の晩夏弾
一瞬で地獄図スベテアリエタコトカ
死者の書か原爆ドームは読み継がれ
生は赤死は黒原爆絵画集
アトミックボムサバイバーとぞ被爆者は
爆心地逸らしてオバマの折鶴は
耳鳴りか被害者面をと夏の雲
鶴翼は重し貞子の肩の凝り
鎖にて巻かれ平和の鐘撞木
原爆ドームの中の瓦礫が幽かに苔生しつつ息づく音が聞こえる。見上げればドーム斜め上方で
炸裂する火球に網膜を灼かれて、「私」という皮膚が捲れて両腕から垂れ下がる。思案に暮れたと
き人が両手を胸の前に置くように、「私」は為す術もなく両腕を前へ倣えとばかりに突き出して一歩
を踏み出す。何かを為している形のまま石壁に焼き付けられた死、授乳の姿で焼かれた死、水平
に重なる死を眼下に歩く垂直の緩慢な死、炭の棒と化した吾子を熱で歪んだ自転車の荷台に括り
つけて帰路に着く父にも死が待ち受けている。橋を渡れば元安川を埋め尽くす遺体の爛れた皮膚
が赤く染めている。今は宮島に向かう物見舟の澪に鯉に混じって死者たちが流れゆき、夜は弔い
の灯籠で川面が埋まる。オバマ大統領の二羽の折鶴は新着資料館に鎮座して同国の来訪者を増
やし、決して来ない韓国・中国の民は「加害忘るな」と耳元で囁く。撞木を鎖で巻かれた平和の鐘は
鳴る気配もない。 (竜彦)
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