小 熊 座 2017/11   №390  特別作品
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      2017/11    №390   特別作品



        時は流れる         野 田 青玲子


    秋の蚊を打つて読み出す槃若経

    月光の杭一本に成り済ます

    秋の燭遺影己れの遺骨見る

    何時の世も老婆が居りて餡子餅

    凩の尾に死の家を暗く置く

    氷瀑の愚直の図形月沁みる

    夫婦とて個個に消え行く雪兎

    寒夜覚め我が息停めてみる恐怖

    寒明けの眼鏡が曇る(うみ)茶房

    戸の隙に雪を狂はすかまど神

    日照の半日村に濁酒(ど ぶ)の酒徒

    斧振つて春の凍湖を割る男

    穴と罅春の凍湖に石打たる

    朧夜の獣にも似て喪の靴ら

    豊満な豆腐を刺して針祭る

    春愁の彼の病院へ死にに行く

    流氷の死後の景よりはぐれ船

    裸婦像の疎林の池の春ごほり

    蝌蚪たちの虚構の国に棒を差す

    燕来る家に春画を隠す部屋



        底 力         柳   正 子


    天地も人も坩堝や八月は

    切り株に大樹の影や草雲雀

    連山の雲の中より小鳥来る

    水面を闇流れゆく鬼胡桃

    亡き人を懐囲ひ秋日和

    知らぬことあるも幸せとろろ汁

    蟋蟀が髭伸ばしゐる庫裏の闇

    秋雲を動かす空の底力

    神かくしある道端の草の花

    秋澄むや野に出て深く息を吐く

    残る虫海鳴に海おもひをり

    草に寝る眼下に速し秋の雲

    日は羅針盤巻雲は帆海に向き

    秩父連山燕も帰り尽しけり

    渡り鳥昨日の影と今日の影

    吹かれゆく落葉に光風に影

    秋立ちぬ麺麭の香りのどこからか

    水平線の寂しさ後ろに秋の空

    青蜜柑夢に無音の父の声

    稲妻や拭きたてにして三面鏡



         鰯 雲         斎 藤 真里子


    鰯雲ホームの端に旅鞄

    霧と霧ぶつかり浅間立ちにけり

    浅間山闇を鎮めて虫の声

    栃の実を拾い栃の実とは知らず

    赤蜻蛉滝のしぶきを受けて過ぐ

    滝音に言葉消されぬ鰯雲

    いくたびも変わる野分の湖の色

    爽やかやパウロ教会その床も

    十字架の影をよぎりし秋の蝶

    秋深き骨董市に宣教師

    白樺の奥より聖歌星月夜

    日の翳る方へ方へと秋の蝶

    爽やかや高原牧場直売所

    追分の馬の睫毛に霧のこる

    残照の芒の波も佐久平

    一本の杉の涼気も信濃かな

    単線のにぶき光や豊の秋

    秋深し仰ぎて星の名を知らず

    わたくしに亦一日の秋桜

    草紅葉瀬音まといて旅終る



        抱 瓶         大 西   陽


    首の無きマリア地蔵や蕎麦の花

    新涼の白靴下の猫二匹

    真夜中は誰もが詩人いとど跳ぶ

    青葡萄イエスの罪をたとふれば

    えのころや誰も本来無一物

    野ぶだうに声ありとせば鬼房の

    秋雷や百草丸の二十粒

    紅花のにほひか雨後の硯より

    ピースまた死語となりたる瓜きざむ

    すつぽんは要予約なり残暑なり

    橋上は通勤ラッシュ楝の実

    麦秋や大地ますますきな臭し

    気紛れに開く喫茶店榠樝の実

    糠床をかきまぜ二百十日かな

    抱瓶に波の音あり終戦忌

    曼珠沙華吐息かからぬところより

    疎ましきものに漢と冬瓜と

    天竺に行く途中なり秋鴉

    サングラスかけてこの世を覚ましをり

    きちかうや信長の首討ちとらん



        網 棚         遅 沢 いづみ


    炎昼に白いキャンター停まりをり

    大烏二羽の行水町工場

    目に見えぬものも捕らへる捕虫網

    遠花火大河ドラマの主人公

    網棚に重く帰省の鞄かな

    網棚のナボナは勝つて帰る人

    幾たびも網棚の桃見やりけり

    防災の日や黙祷のユニフォーム

    コスモスの咲き揃ひたる直売所

    秋風に宅急便の猫の旗

    秋茄子を美味しさうねと婦人達

    ばたばたと飛んでゐるのは蝗かな

    完全に自分大好きキリギリス

    向かひ合ふ私立高校文化祭

    葉つぱかと思へば昇る秋の蝶

    吾亦紅大きくなれば甘くなる

    コンビニがピザ屋に替はりハロウイン

    豊の秋スーパーカブがまつしぐら

    観客も選手も帰る返り花

    枯れ色のキャンター女性ドライバー



        帝 居         渡 辺 誠一郎


    赤坂に鬼房の栖む涼しさは

    へこたれぬ気持ちはあれど土用波

    友の逝く蜻蛉の翅の降る真昼

    山頂に人溢れくる水の秋

    この世また筌のごとくや秋の雨

    此処は坂本時計店前秋時雨

    目薬も我が体内も秋の水

    島渡る昨日と同じものを食べ

    秋高しゴーダチーズの遺失物

    地上への偏愛なりし秋の風

    爽涼や電線伝うもの見えず

    父からの口伝を忘れ藪からし

    菊花展他人の言葉そがれたる

    帝居から空気が洩れて夜の秋

    秋深し目鼻の離れたのはいつ

    詫びるのは誰銀杏踏むまじく

    島の子に声掛けられる秋の空

    頽齢の恋の如くに東京バナナ

    先生に不肖の弟子や通草の実

    左目に右目は見えず猫じゃらし





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