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2018/1 №392 小熊座の好句 高野ムツオ
雪起し釘で線引き国境 宮崎 哲
釘で線引きをするのだから、昔、空き地でよく遊んだ「陣取り」であろう。柔らかい地
面に太い釘を打ち付けて線で結び円を描き徐々に陣地を広げる遊び。小石を弾いて
行う方法もある。こちらも線を引くときは釘やガラス片を用いた。地方によってさまざ
まなバリエーションがあるようだ。もともとは古代中国の遊びであるらしい。
釘で引いたような国境と言われれば誰もがアフリカや中東のそれをまず連想するだ
ろう。あのまっすぐな国境は、かつての植民地政策が生んだ負の遺産である。ヨーロ
ッパの国々が争って植民地の奪い合いをした。そのあげくに植民地を分割し境界線
を決めたのである。もともとの民族や文化、宗教などお構いなしの、大国の身勝手な
線引きである。それが第二次世界大戦後の各国の独立の際にも境界線として残り、
現在のアフリカなど各地の紛争の元凶となっているのは周知の通り。この句の季語
は雪起し、日本海の冬の雷のこと。それを踏まえれば、この国境は例えば朝鮮半島
を横切る北緯三十八度線などを連想するべきだろう。
同じ作者に次の句もある。
飢餓の子の言霊となり雪蛍 宮崎 哲
アブラムシのうち冬、成虫となり綿状の分泌物を身に纏って飛び、交配するのが綿
虫。日本では北海道など北国に多い。シベリアにも生息する。トドノネオオワタと呼ば
れる種類がそうであるらしい。トドノネは椴之根でトドマツの根のこと。ここに寄生する
ので、この名前となった。井上靖の自伝的小説『しろばんば』の題名のしろばんばも
綿虫のことだ。白粉婆とも呼ぶ。この小説のせいか、綿虫は伊豆のような海近くに出
現する昆虫との印象がずっとあった。実際、私の住んでいる宮城でも松島辺りで見か
ける頻度が高い。トドマツの南限は富士や南アルプスだが、伊豆にはないだろう。綿
虫には他にリンゴワタムシやナシワタムシなど種類が多い。それでも、やはり、北国
のイメージが濃い。井上靖は生まれが旭川だから、もしかしたら、著者の脳裏には北
海道の綿虫の姿も重なっているのではないか。綿虫の別名ゆきばんばは愛媛の宇
和島あたりにも言い伝わっている。宇和島吉田町では子供を攫う妖怪の名であるそ
うだ。例のふわりと浮き出た姿は確かに、あの世からやって来た物の怪にも見える。
四国など暖地にも綿虫は生息しているのだろうか。
掲句の綿虫はトドノネオオワタでもリンゴワタムシでもいい。眼目は雪婆、白粉婆で
はなく、飢餓の子の呟きのような言葉、それも言霊と見てとったところにある。アフガ
ニスタンやスーダンに綿虫は生息しているかどうか知らないが、北朝鮮には間違いな
く生息する。いや、時代を遡って、日本の戦後の焼け野原からやってきた飢餓の子
の化身かもしれない。その青白い痩せた子供の呟きが生んだ蘇りの姿が綿虫なの
だ。いずれにせよ、二句ともその発想のきっかけには現在の国際情勢があると言っ
ていいだろう。俳句は「今」という時代を反映するのである。
ヒトよりもロボット自然体夜長 さがあとり
戦後まだ土管にありぬ寒夕焼 高橋 彩子
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パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
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