小 熊 座 2018/3   №394  特別作品
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      2018/3    №394   特別作品



        風寒き上野公園漂行す      増 田 陽 一


    熊楠の粘菌も冬のうごきかな

    熊楠、ファーブル親しみしかと菌の図

    百年の那智くらがりの谷間かな

    献上のキャラメル箱も年新た

    大熊猫に群がる善男善女かな

    白梟プロコフィエフの羽ばたきす

    また臓腑かとペリカンが空を見る

    ここに生れ寝藁引き摺るごりらの仔

    人類の原罪を知る冬のゴリラ

    ゴリラ冬日象形文字を頭に詰めて

    白熊の坂に幼児のよく転ぶ

    虎落笛なり哄笑の叫び鳥

    見えぬ蛇を蛇喰ひ鷲の蹴り止まぬ

    卑弥呼の邦匂ふ真冬の狐たち

    カマイタチの学名しばし思案せり

    とりどりの果実をなせり室の蛇

    矢毒蛙跳ねてアマゾン遠くする

    枯蓮に鴨の混みあふ日暮かな

    冬灯オカピのうごく閨のうち

    獣園の出口を探る冬の闇



        冬銀河               柳   正 子


    冬銀河メタセコイアに零れくる

    山野雪空一枚とつながれる

    寒昴父きて星の話する

    鈴の音は冬の銀河の音となり

    これ以上中州枯れなば孤島めく

    眼の奥に冬夕焼を秘し晩年

    我が前の枯野も老いて奇蹟なし

    寒風に音楽乗りて流人墓地

    雪兎は雪に人は人魚になれずゐる

    水平線より春潮の香が部屋へ

    朝日子や富士も枯野も日に浮きて

    凍蝶や木の根に残す影を濃く

    除夜一人気づけば隣に月光

    冬木立咳くやうに風の出て

    雪雲や壁這ふやうにラッセル車

    寒の入り星はぎしぎし降りかかる

    しんかんと枯木に掲げありオリオン

    日あたりて草の氷柱に日の雫

    なまはげが踏ん張り日本海に雪

    ひるすぎの枯野は風が透くばかり



        飴色の手紙             森 田 倫 子


    片割れの父の眼鏡や小六月

    三余なる続きに午後の冬座敷

    臘梅や隠しもちたる母の櫛

    のけぞりて人は産れぬ朴落葉

    枯蟷螂おのれが影を濃く映し

    一握の砂のしとねや冬の虫

    棉虫に押されて若き父の背な

    寒月や湖底のボート照らしたり

    飴色の手紙の束や春の闇

    大学の原子炉ともる春の宵

    生い立ちの形のままに落し角

    連れ出して枯らしてしまう水中花

    天牛や祖父は重たき顎もちぬ

    貧乏をあやされし日の草の笛

    ひたすらに烏瓜なりわが素性

    月の出をまちて語らん逝きし人

    過ぎし日や恋と子猫と赤のまま

    鬼灯の房につらなる侏儒の顔

    カンナ燃ゆ母は分身もとめおり

    すれ違う赤蜻蛉に目礼す



       一 樹                 斉 藤 雅 子


    一樹で良しとすメタセコイアの若葉

    万年の土葬の果てを雁渡し

    リハビリの杖鶏頭を起こしいる

    テーブルは夏の名残の静物画

    語り部の訥訥とあり菊日和

    露の世の露の身として露を分く

    フレスコ画の背景として紅葉散る

    冬の夜の生きる死ぬとは囲碁のこと

    移ろいという足音のなか残菊

    流木は逆光容れて冬の浜

    逆光の庭の雀等年惜しむ

    リボンふわっと解けるような日向ぼこ

    残照の汀白鳥羽たたむ

    平成がたたまれてゆく冬銀河

    諦めと挑戦の間冬柏

    アナログもデジタルも居て蜜柑むく

    億年の山肌崩し枯木星

    寒木の声なき声を体内に

    寒夕焼切絵のなかの心地なる

    寒暁の北斎の富士たちあがる



        祖母の愛              大久保 和 子


    薄氷の裏にはりつく記憶踏む

    母と子の別離や白菜真つ二つ

    祖母に児を託す母の掌悴めり

    病身の母去りしまま山眠る

    もらひ乳に噎せし記憶や冬の梅

    未熟児の痩せしこころに春の虹

    記憶するための声高息白し

    祖母の声忘れてをれば風花来

    いまさらといふ祖母の愛寒昴

    箪笥に残る祖母の筆跡冬の虹


      記憶は何歳まで辿ることが出来るのだろうか。信じてもらえないだろうが、私の場合はまだ

     ゼロ歳のころ。映像の記憶ではない、匂いだ。

      私の母は体が弱く私を産んでまもなく実家に帰ってしまった。やむなく私は生後3 ケ月で祖

     母に預けられた。当時ミルクがあったかどうかはわからないが、祖母の話をまとめると重湯と

     半年前に生まれた従姉妹(祖母の長女の子) のおっぱいを分けて貰ったらしい。

      その伯母は生前「和子には右のおっぱいと決めて飲ませた」と言っていた。低体重児だったら

     しく壊れそうな手足の赤ん坊に祖母は苦労したらしい。もらい乳の話はずっと後になって聞かさ

     れたのだが、その時ふっと突然に違う匂いのおっぱいに噎せた記憶が蘇ったのだ。何もわから

     ない時期にそんなことがあるのだろうかとも思うのだが、フラッシュ・バックしたのだ。味とか匂い

     とかの五感には、防衛本能としての大事なプログラムが備わっているのだと思う。でも伯母は確

     かに飲ませた、と言っていたので拒絶したのは一時的なことだったのだろう。そんな私が今こうし

     てあるのはこの母たちのお陰であり、私の命の原点であったと思っている。        (和子)






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