小 熊 座 2018/7   №398  特別作品
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      2018/7    №398   特別作品



        大和路線         瀨 古 篤 丸


    藤の花伊賀と大和の国境

    魍魎に裾あるとせば藤の房

    大仏の原初黄金薄暑光

    黄金は闇の何処かに青葉木菟

    おほき手は何をお救ひ蟾蜍

    五月雨や帰化は人にも草木にも

    天平の人ゐるはずと青時雨

    夏の靄渡来仏師の目鼻にも

    黄金週間木漏れ日の異邦人

    人を絮毛追ひ越していく南大門

    立ち食ひのソースやきそば夏木立

    薄暑光鹿煎餅は鹿のいろ

    ぎしぎしや末法の世はまさに今

    千年の法悦褪せて紅の花

    透明の傘捨てられて青紅葉

    日本の雨日本の傘五月

    青苔の吸ふ千年の鬱気かな

    田植機は一人一台死者の舟

    送電線も鹿も列なし風ひかる

    大和路線全長二両夏隣



        馬の糞          鎌 倉 道 彦


    炎昼や泥に沈みし河馬の背

    廃サイロに絡んだままの蔦若葉

    廃鉱の無人の町や青葉風

    杭口を閉ざしていまは藪萱草

    晩夏光曲る市電に引き摺られ

    水を飲む踊り子の真っ白い喉

    大西日博物館の機関車に

    西日あり土偶の鼻に目に口に

    寒暮のみちのく阿弖流為のあし跡

    扇状地走る吹雪も阿弖流為も

    山眠るわが廃校の窓硝子

    三月の記憶掬えば砂のつぶ

    追波川のぼれば大川小学校

    三月の黒き影あり脳の襞

    奔放な兜太の字あり春の雲

    寝転べば花に青空そらに花

    花ふぶき競馬場の馬の耳

    春の星鼻腔に今も馬糞匂う

    尾骨あり新緑の岩に座せばなお

    覚悟とは身を曝すこと花茨



        日脚伸ぶ         鯉 沼 桂 子


    うすらひの光のこして水となり

    ひと房のニセアカシアに空の冷え

    小綬鶏に急かされてゐる古時計

    たましひの遠出する日の南吹く

    新緑を何度も仰ぎひと日老ゆ

    香水の一滴過去はむず痒し

    蔵町の路地ふくらます夕かなかな

    六月の畳に拡げ山の地図

    まばたきで終る一日芥子の花

    恋唄のさび繰り返す胡瓜もみ

    白き皿音たて洗ひ夏終る

    雲の影過ぎゆくばかり夏の果

    水ひらくファスナーのやう鴨の胸

    吹きつどふ風の刃渡り葱畑

    葱をむく口には出さぬ志

    日差しごと借りる両の手毛糸巻く

    なにゆゑに傾ぐ地球儀春よ来い

    次の世へ電車待ちをり雪催

    山茶花はいつものかたち兄逝けり

    決意するしばらく冬野見渡して



        鉄線花          郡 山 やゑ子


    うつむきて見ゆるものありカンパニュラ

    眼圧が上がり過ぎたる紅椿

    花紫荊毛細血管ふくらはぎ

    石段の隙間に住まふ菫草

    私の嘘はもも色もえぎ色

    大皿に衣纏ひて独活・こごみ

    ネガティブに溺れてをりぬ五月尽

    をだまきの点々とあり自由なり

    まつすぐな道の恐ろし草いきれ

    夏草や旅の守りに正露丸

    鉄線花防犯カメラ動きゐる

    恐るべき五歳児の語彙青嵐

    ポジティブに生きてみるべし一輪草

    立ち止まりまた立ち止まるゐもりかな

    口が堅さうな鉄線と出会ひけり

    心太いやに静かな日曜日

    仕舞はれぬ喪服また着る霞草

    五月闇言葉天から降りて来ぬ

    万緑や歯を抜きますと医師の声

    眼光は鬼房ほどの鉄線花



        燕来る          佐 藤 み ね


    一樹より春風湧きて来る少女

    鳥の恋空に大地に微熱あり

    外国の風をまといて初燕

    海原の闇を解きし飛燕かな

    朝空をひらりとかわす燕かな

    湖に雲つぎからつぎと燕来る

    青空の深さたしかむ湖水かな

    うぐいすの声みずうみは弾みけり

    天地を浄化するなり朧月

    月光のしたたる新樹匂いけり

    雨やんで光重たしリラの花

    鬱金香今日の光に開きけり

    野仏へ天使の降りる花月夜

    花の闇つきぬけて来る水の音

    田の神へ水音うまれ遅日かな

    たんぽぽや雲を留める湖の黙

    山国の暮色からます藤の花

    若き日の一本道は鳥雲に

    晩年の一日一時すみれ草

    揚雲雀空深くせり広くせり