|
|
2018/8 №399 小熊座の好句 高野ムツオ
蜻蛉生れ渦巻銀河の端に飛ぶ 柳 正子
宇宙に発想を求めた句といえば
水の地球すこしはなれて春の月 正木ゆう子
虫の夜の星空に浮く地球かな 大峯あきら
など、すぐ思い浮かべる。こうした発想は近代の宇宙科学の発展と情報化がもたらし
たものと思いがちだが、そうとばかりはいえない。コペルニクスが地動説を唱えたの
は十六世紀だが、太陽の周りを地球が公転しているという説は紀元前三世紀頃から
あったらしい。地球空洞説というのもある。ゴムボールのように中が空であったり、別
の世界につながっているという考え方である。内部に太陽があって、外側を地面や海
が取り囲んでいるという逆宇宙説もあった。いずれも科学に宗教や人間中心の世界
観、さらに本能的な願望などが複雑に混じり合っている。だが、宇宙という計り知れな
い世界への敬虔さが、さまざまな宇宙観の母胎であり、いかに科学が進み宇宙が解
明されていこうとも、その素朴な思いが俳句を始め詩歌を作る源になってきたのは間
違いないところだ。織田信長は地動説を知っていたとのことだが、さて芭蕉はどうだっ
たのだろう。
荒海や佐渡によこたふ天の河 芭蕉
天動説、地動説に関わりなく、すべてが動き止まない生々流転の世界である。
また出だしから脱線している。掲句は渦巻銀河の「渦巻」にインパクトがある。銀河
系宇宙もその一つ。データ観測に基づいたイメージ画像がその姿を伝えてくれる。そ
の隅に生まれ飛ぶ蜻蛉。草影に羽化した瞬間、たしかに宇宙に生きる存在となる。
そのまま、あたかも「はやぶさ」のように広大な宇宙空間の探査に翼を拡げてでかけ
たのかもしれない。その複眼もそれぞれ大宇宙を蔵している。
人体展の列蛇行して薄暑かな 宮崎 哲
人体展というイベントが国立科学博物館であったらしい。正式には「人体―神秘へ
の挑戦」。さまざまな観点から科学力を駆使してメディアアート化し、人体の謎に迫る
企画とのこと。「ミクロの決死圏」という映画を思い出した。人体内部にミクロ化した医
療チームを乗せた潜航艇が入り、脳を治療してくるというストーリーであった。この句
の蛇行しながら並んでいる観衆もまた、医療チームさながら、これから自分の体内に
入ってゆく一行に見える。そこに諧謔味が生まれる。「蛇行」が大腸のうねりを想像さ
せるからだ。誰もが汗ばんで光っている。
長生きのわが前にある蠅叩 土見敬志郎
蠅叩きに執念を燃やした俳人といえば高浜虚子。『七百五十句』という没後編纂さ
れた句集には、昭和二十九年から四年間の間に十六句残されている。〈一匹の蠅一
本の蠅叩き〉など、即物性が如何なく発揮されている。〈一月の川一月の谷の中〉を
連想させもする。
掲句は、もう少し感情移入が色濃い。蠅叩きを見つめながら、来し方に思い巡らせ
ている。蠅叩きに、お互いこれまで何匹叩き潰しただろうかと話しかけているとも読め
る。人一人生き続けるに、消えた動植物の命がいかほどだったかと、自分に問いか
けてもいるのだ。
柵をはみ出すマーガレットや廃工場 高橋 薫
マーガレットという草名が効果的。真珠の意味の女性名でマーガレット・ミッチェル
は『風と共に去りぬ』の作者。
柵をはみ出すマーガレットにスカーレット・オハラの姿を重ねるのは読み過ぎにちが
いなかろうが。
|
パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
copyright(C) kogumaza All rights reserved
|
|