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小熊座・月刊
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鬼房の秀作を読む (95) 2018.vol.34 no.399
ほら吹きになりたや春の一番に 鬼房
『枯峠』(平成十年刊)
私たちは、幼い頃から「嘘をついてはいけない」と教えられてきた。「ほら吹きになりたい」
なんて、全くもってとんでもない話だ。なのに、この句は「ほら吹きになりたや」なんてさらっ
と言って、澄ましているから癪にさわる。さらに、癪にさわるのが「なりたや」の「や」の存在
だ。「ほら吹きになりた」だけでも、言ったもん勝ちみたいな開き直り感があるのに、「や」に
よってさらに、くしゃみとかげっぷを眼前でされたような気分…。この「や」には、如何にもそ
れらしい名前と説明をつけることができるだろう。しかし、この「や」の、異物を排出せよとい
う体からの要求に従って出ちゃった感は、もはや生理現象という名で呼ぶのが一番ぴった
りする。そう、鬼房句には 〈吐瀉のたび身内をミカドアゲハ過ぐ〉 〈夏病みの狼となり夜を
尿る〉 〈夏草に糞まるここに家たてんか〉など生理現象がよく詠まれていたではないか。掲
句は晩年の句であるが、生理現象を詠うのに、もはや単語など要らぬ、「や」の一文字で
事足りるわい、そんな鬼房の声が聞こえてきそうだ。
かくして、まんまと鬼房のペースに乗せられた読者は、続けてまたもや生理現象を見舞う
ことになる。そう、「や」がくしゃみなら、「春の一番に」はくしゃみの後に言う悪態の言葉み
たいなものだから。それを、スマートに鮮やかに、しれっとできてしまうのが佐藤鬼房という
作家なのだ。
(赤羽根めぐみ「軸」「南風」)
日本ウソツキクラブ2018年度の総会がスウェーデン・ストックホルムで開かれた。河合
隼雄会長が、今年度のノーベル文学賞の延期を憂慮し、村上春樹氏に、ノルウェーノーベ
ル賞を授与。(受賞作は、ウソツキ鳥クロニクル全800巻。)
佐藤鬼房氏の推薦で、金子兜太氏が新人名誉会員に。俳句好きの河合会長は大喜びし
さっそく連句の会が開かれた。基調講演は、車谷長吉氏による〝虚実皮膜とは何か〟。
嘘と〝ほら〟の違い、真のウソツキと偽のウソツキの見分け方、虚と実のあわいにこそ文
学、芸術のある事を熱っぽく語られた。嘘の苦手な車谷氏は、せめて聴衆を驚かせようと
トレードマークの坊主頭に長髪のかつらをかぶり、原則としていつもは開けていらっしゃる
社会の窓を閉めていらした。
来年は、平成最後の総会となる。嘘が下手で今まで会員になれなかった私であるが、来
年こそはと意気込んでいる。先日、虹色の羽のカラスが桜色の糸電話を届けてくれた。そ
れ以来、いつも糸電話を携帯している。そのうちきっと、河合会長か鬼房先生から電話がく
るであろう。フルートの音色がきこえてきた気もするが、法螺貝だろうか。
(水月 りの)
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