小 熊 座 2018/9   №400  特別作品
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      2018/9    №400   特別作品



        六月二十四日         浪 山 克 彦


    蝶逝けり「ジャンヌダルクの炎」を胸に

    遠郭公聞くかに小首傾げ逝く

    蓋おほふ柩のなかを蝶吹雪

    白薔薇のやうに崩れしお骨かな

    一片の骨のくれなゐきみが遺書

    揚羽一頭中有の空を風に乗り

    鬼房の句座へひたにと黒揚羽

    夕焼の裏へ隠れしかくれん坊

    六月に生死を享けて風となる

    胸中に門火をかざし夜を待つ

    新盆やヒールの音が闇を来る

    天上の「居酒屋きみこ」青簾

    日がなおろおろ大暑に罪はなけれども

    雲の峰崩れるやうに膝を折る

    新涼よ今朝の遺影がつぶやけり

    翅たたみ星屑となる天道虫

    今生の話がつづく黄泉月夜

    たましひの渡れば遠し二重虹

    底紅の深きに愛を蔵しおく

    起き伏しを遺影と過ごし夏の果



        夏の雲           柳   正 子


    わが恃む子の星遠くあり立夏

    遠方も暮しの音も夕立かな

    退屈のひたすら伸びる竹煮草

    名のやうに正しく死ねぬ油照

    咲きすぎて触れれば崩れアマリリス

    中空は光の坩堝夏燕

    明日もきつと青柿が落つ傷を持ち

    朝ふたたび夢のつづきの蜘蛛這ひぬ

    炎天や闇より暗きビルの陰

    未来にも背につきたる夏の雲

    物音のなき恐さなり夏の夜

    優曇華や夫なき日々は身軽にて

    夫も父も昭和に残し冷索麺

    青山椒固き波音ふつと消え

    アスファルトの影の濃くなる夏百日

    佐渡ながら今夏雲の一部分

    わが忍耐ふんころがしに及ばざる

    東京の東西南北入道雲

    夏蝶の羽化の気配か背後より

    夏果ての古代緑地より喚声



        蓮見舟          山野井 朝 香


    熟年は意外に無色沙羅の花

    遠目にも鷺草と思う光かな

    フクシマを知らずに育つきりん草

    啄木の夢の途中の矢車草

    感傷を蔵して今日の紫苑かな

    氷苺由緒正しく銀の匙

    上州の雨は大つぶ蓮見舟

    みずからの影に吸われし羽抜鶏

    若き日の忸怩の色か夕すげは

    逡巡の時間を止める糸とんぼ

    髪梳いて鎖骨ゆるやか合歓の花

    緑蔭というやわらかな器かな

    彼の世へと息ひそめおり黒揚羽

    祈りとは花梔子の昏さかな

    影おとしくる背泳ぎの少年よ

    ひまわりを見る一本の淋しい骨

    父の背に影遊びおり秋茜

    凌霄に雨降る夜の歯痛なり

    助手席の三男に付く夕螢

    海鳴りのほかは眠らせ甜瓜



        万華鏡          大 西   陽


    春の雨茶畑舌のごとく伸び

    渋滞の鯖街道や花うつぎ

    ヒヤシンス振りても音は鳴らねども

    夏に入るうだつの町のらんたん屋

    討ち入りの日が誕生日紅茶濃し

    冬の霧つぶやくやうに荒井由実

    買い物を一つ忘れて鳥の恋

    武勇伝語り尽くして土雛

    白ふくろふ御高祖頭巾の中の貌

    蹼のときに重しと浮寝鳥

    葬送に紙ヒコーキと折鶴と

    ひるがほに倦怠感の砂丘あり

    万華鏡中夏のこひはじまりぬ

    金亀虫夜伽の客となりにけり

    楊梅や重さうな月押し上げて

    くわりんの実のやうな家族(はふり)あり

    心太啜りて精進落としかな

    西鶴の置土産とも金魚玉

    向日葵の図太き明日があるやうに

    地球いま溶け出す色に百日紅



        銀 漢 追悼 佐藤きみこ      関 根 か な


    避難所の記憶噛みしめ話す春

    披講とは大きな声で南風

    稲妻や不吉が胸をよぎりたる

    水無月二十四日命日逝きにけり

    水無月のとてもおおきな雲が来る

    小熊座をこよなく愛し夏に逝く

    手をつなぎ歩き歩いた夏の空

    天上で衣更したきみこさん

    ワンピースの影いつまでも薄暑光

    我慢してゐなかつたと言ふ夏の星

    夏燕けふからともに飛びませう

    早池峰夏神楽迷ひて迷ひけり

    扇子もて誰を吹き飛ばしてゐたらうか

    亀喜寿司暖簾くぐれば会へるかも

    句を残し声を残して梅雨晴間

    驟雨ゆゑ笑顔ばかりを思ひ出す

    六月の少女のままで召されけり

    句会の席ひとつ開け待つ炎暑かな

    きみこさん加はる夏の雲の句座

    銀漢行き船の艫綱永遠にあり



        は る         及 川 真梨子


    原発にも春来て触らば死ぬ光

    春愁や半熟卵の端に神

    子雀の尻せわしなく空を食む

    人になる前春月に揺られ来し

    春疾風を追い越していく運送屋

    赤いカーディガンしなやかに受け付ける

    市役所に窓の多くて花曇り

    曇天を称えるかたち白木蓮

    春の夜永久にガンダム仁王立ち

    長靴の祖父踏みしだく桜の実

    学校の夜を吸い込む桜の実

    彗星に終りのありて春眠し

    春の海ゴジラがいるかも知れぬ

    大木の影やわらかし初蛙

    私小説多き本棚遠蛙

    青苔のこれから山になるところ

    この土地で当分生きる鯉幟

    水田に波寄せる日や参観日

    東北本線万の水田を縦断す

    シャンプーとリンスそれからつばくらめ