小 熊 座 2019/1   №404  特別作品
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      2019/1    №404   特別作品



        蝦夷富士         永 野 シ ン


    秋風は夫の声か小樽の夜

    もう一泊せぬかと熊に誘われて

    蔦紅葉煉瓦の似合うガラス館

    秋深しギターが揺らす運河の灯

    綿虫やワインの試飲しておれば

    詩心を誘う風音木の実落つ

    岬への光集めて末枯るる

    白かばの木肌の透きて冬に入る

    鰊御殿めぐりめぐりて火の恋し

    明日への活力なるや冬の虹

    煙突より招き入れたる冬の月

    蝦夷富士をどっかと据えて冬に入る

    虫の音を踏みて離るる北の旅

    北国の霧を詰め来し旅鞄

    木枯や北の男の吹くガラス

    肩先に冬の来て居る大通り

    ゆっくりと霧動き出す俱多楽湖

    思い出の糸をたぐれば海胆いくら

    泡立草吹かれて政府専用機

    地震後の花咲蟹の叩き売り



        雁渡し         丹 羽 裕 子


    熟柿いま引力尽きぬ遠吾妻

    土塊にもいのちありけり白桔梗

    葛あらし我を誘うか奈落へと

    白菊は天上の塵雲湧きぬ

    かぼちゃにはかぼちゃの笑顔遠吾妻

    神住むか湖水静かに秋の水

    秋黴雨心字の池は音立てず

    泣くたびに生きる強さを金すすき

    死は来るものとて生きたし衣被

    秋天やいつか両手は翼なり

    すずめにはすずめの塒秋夕焼

    秋の波友に秘密を二つ・三つ

    秋の夜濃き鉛筆の見つからず

    年金暮し鮃のように夜は眠る

    働き蜂天に召されし花八つ手

    秋天に飛龍の雲や飯舘に

    みどり女の句碑に波音海洞の実

    天と地と海と一色(ひといろ)秋落暉

    秋の磯鵜・鴨・鷺の嘴魚光る

    格天井の真神絵(かな)し秋の声



        小 春         神 野 礼モン


    色変えぬ松やみどり女の句碑に立つ

    再会と言う別れあり白式部

    夜露にも星の生まれてくる予感

    日をとどめ銀杏落葉になるところ

    子の前にころころころと木の実かな

    ポケットに椎の実のあり枕上

    その昔めくら葡萄と言う野葡萄

    冬凪抱きしめるよにフラダンス

    冬海の声の聞こえてフラダンス

    フラダンス初冬の陽の落ちるまで

    鳴き砂の鳴かなくなりぬ小六月

    学校のチャイム海より雪ぼたる

    気嵐や海より死者の息づかい

    雲に雲重なる渦や神送り

    冬桜木花之開耶姫在す

    からかいも恋の始まりかな小春

    冬の虹猫の寝そべる船溜り

    田に群れる白鳥泥眩し

    筆に墨しずかにのぼる小春かな

    葉牡丹の陽を溜め渦を膨らます



        赤い靴         船 場 こけし


    ガラス瓶灼けてゲットー蜂起かな

    星流るユダヤの子らの遺影笑む

    コルチャック先生とゐる星月夜

    隠れ家のユダヤ人墓地虫の闇

    隠れ家のユダヤの墓に蝸牛

    秋冷の地下水道に抵抗者

    貨物車は人間運ぶ草の花

    秋風の吹いてゐるだけアウシュビッツ

    秋の暮アウシュビッツに赤い靴

    指をさすナチスの医師の黒ブーツ


     
この夏念願だったポーランドを訪ねた。

       ワルシャワではポーランド系ユダヤ人の青年に街を案内してもらった。祖母がホロコースト

      を生き延びたという青年の話は、ポーランドのユダヤ人の真実だった。絶滅収容所の敷地内

      で何が行われていたのか。日本人ガイドの中谷さんの問いかけるような説明は、人間の悪の

      凡庸さを思い出させた。ナチスの反ユダヤ主義、優生学的思想、人種差別、移民障害者差

      別、弱者へのいじめは現在の日本にも存在する。今、地方では自分の事以外は無関心な人が

      多く、都市では渋谷のハロウィンのような集団が現れる。その心理状態は、大衆迎合主義と繋

      がるのではないか。極限状態の中で、人間として尊厳を守った人々がいた。ポーランド人、ドイ

      ツ人の中にも良心の痛みに沈黙する事なくヒトラーに抵抗した人々がいた。その場所に立ち、

      人間であるためには、考える事を辞めてはいけないのだと知った旅となった。

                                                           (こけし)





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