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2019/4 №407 小熊座の好句 高野ムツオ
歩行器に伝はる地球凍てし音 八島 岳洋
作者が病によって片足を失っていることは、氏の他の句を読めば推察できる。だが
それゆえ不自由になった身を嘆き悲しんでいる句ではない。自分の行く末よりも、そ
の歩行器が進むたびに音を伝える地球の行く末を案じているのである。現在の地球
はその地表に限っていえば、けっして凍りついてはいない。むしろ逆で年々温度を増
している。それを異常気象と名付けているわけだが、異常となったのは地球のせい
ではなく人間の営みのせいである。人間が生んだ二酸化炭素など科学的老廃物が
温室効果をもたらし、フロンがオゾン層を破壊する。水の地球が土の地球になりつつ
ある。人間はじめ地球が慈しんできた生き物が住めない星と化してしまうかも知れな
い。そうした危機に陥りつつある地球の状態を「凍る音」と比喩的に表現したのだ。老
いた身が、老いつつある地球を悲しんでいる。だが、作者は歩行器を押しながらも歯
を食いしばり生きる。むろん、季語としての「凍る」の働きも十分効いている。凍った
道が見え、厳しい冬を生きる姿が見えてくる。そこに生ずる諧謔と批判と生命力が、
この句の主題なのである。
西東三鬼は鬼房の『名もなき日夜』の序文で「鬼房は貧窮の中に断乎として句を作
れ。愚痴、泣言でなき句を作れ」と述べた。「鬼房」を「小熊座人」と置き換え、「貧窮」
を「老衰」や「病」「失意」「被災」などの不自由不遇と置き換えることができる。俳句
は鬼房の言葉通り「弱者の文学」なのである。
除染夫の軍手合掌して凍る 植木 國夫
福島原発の除染作業員募集の広告が未だにネット上にあふれている。これからも
たぶん長く続く。実にたくましい商魂だ。日給が他の仕事より高いらしい。失業中で幸
運と思い飛びつき、その賃金で家族が救われた人もいただろう。しかし、ホームレス
や外国人労働者など社会的弱者をターゲットにした勧誘も多いと耳にする。求人側
は被曝量は測定し管理されていて心配ないとしている。しかし、国連人権理事会は
除染作業員ら数万人の被曝の危険と健康被害を懸念する声明を発表している。昨
年のことだ。これは、その除染夫が脱ぎ捨てた軍手を詠んだもの。凍ったまま両手を
合わせ、おそらく雪の上に傾いている姿は、除染夫のみならず、オリンピックに沸く
人々も含め、人間すべての未来を祈っているかのようだ。
紅梅の香に志ほがまの溶けてゆく 佐野 久乃
志ほがまは塩竈に古くから伝わる干菓子。落雁の一種で藻塩糖の別名もある。塩
竈神社の祭神、塩土老翁にちなむ菓子といわれる。商品としてはいろいろバリエーシ
ョンがあるが、やはり、真ん中に塩竈桜を形取ったものが目にすぐ浮かぶ。帆手祭に
塩竈神社へ詣でた際だろうか。口にした志ほがまの一かけの糖と藻塩と紫蘇とが渾
然となった味を「紅梅の香」の中に溶けたと言い止めたところに、やっと春を迎えたみ
ちのくの喜びが伝わる。
えんやどつととしほがまさまの梅ひらく 平山 北舟
「えんやどつと」は斎太郎節の掛け声。流人の斎太郎が漁をする際に歌い広まった
と伝わる宮城を代表する民謡だ。もとは南部や石巻の鋳銭場の「銭吹き歌」であった
そうだ。たたらを踏む時の歌だ。「大漁唄い込み」とも呼ぶ。塩竈神社の境内の空に
ゆったりと咲いた梅が目に浮かぶ。
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パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
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