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2019/6 №409 小熊座の好句 高野ムツオ
法螺貝が春の怒濤の音を噴く 𠮷野 秀彦
法螺貝が楽器として用いられるようになったのは平安時代からと言われている。
「梁塵秘抄」や「今昔物語」に登場する。戦国時代には陣貝と呼ばれ、軍陣の進退の
合図などに用いられるようになったが、やはり、山伏の法具としてのイメージの方が
強い。修験道では出寺、入宿、説法など場面場面で吹き方、回数が異なるのだそう
だ。羽黒山全国俳句大会に二度ほどでかけたが、その時の法螺貝の音色が今でも
耳に残っている。湯殿山に案内していただいた折、法螺貝の音には修行の道先を浄
化してくれる力があると教わった。釈迦の説法の声でもあるという。山伏が山に分け
入るときの獣除けの音という実用面もあった。
フジツガイ科の日本最大の巻貝。南国産で水深二十メートルの岩礁に棲む。人間
の食用にされたあげく、亡骸までも人間に供される。片々にされる螺鈿などよりは、ま
だましかも知れないが、聞きようによっては海に帰りたいとの声にも聞こえる。思い余
って春の怒濤の音となる。
ガイガーカウンター蟻出る声を拾いけり 須﨑 敏之
「ガイガーカウンター」とはなつかしい言葉だ。五、六十年前のコメディなどに登場し
た、いわゆる放射能測定器。かつて金鉱脈よろしくウラン鉱脈を探し一儲けしようと
いうブームがアメリカで高まり、それで広まった用具。いってみれば冒険のお守り道
具である。実は今でも売られている。しかし、福島の原発事故で不幸にも馴染みにな
った線量計とどう違うのか。三種類あるらしいが違いはよくわからない。わかるのは
冒険のお守りなどというスマホゲームのアイテムのような脳天気な代物とは打って変
わって、つつましい生活を守るかけがえのないリアルな機器となってしまったことだ。
そのガイガーカウンターでやっと土から出てきたばかりの蟻の足音を拾ったというイ
ロニーの句であろう。「放射能X」というSF映画を思い出したと言っても若い人には何
のことかわからないだろうけれども。
ちなみに作者は今は茨城の美浦村に住む。記憶に間違いなければ、たしか富山の
金尾梅の門「季節」門下で鍛えたベテラン。風土への愛着が濃い。
長生の途中に作るのっぺ汁 髙𣘺和か子
能平、濃餅などの漢字をあてる。津和野が本場でそこから広まったとばかり思って
いたが、事典には奈良春日若宮祭のものが古いとあった。具はところによってさまざ
まで、里芋を主材料として葛粉や片栗粉で粘り気をもたせる。遠野では山芋を直接
擦り下ろすらしい。「のっぺ」という言葉は、そのぬめりや粘りが訛ったものであろう。
これまでもぬめり粘り生きてきた。これからも、さらにぬめり粘り生きるというたくまし
さがこもっている。
喉奥を見せて椿が落ちている 森田 倫子
落椿はいろいろ表現されてきた。しかし、尽きることがないと頷く。素材が古くとも発
想によって新しくなる。
石ころも地球の欠片春の風 神作 仁子
木漏れ日も音立てるもの鳥の恋 杉 美春
撃たれたる記憶毛皮の全面に 小田島 渚
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パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
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