小 熊 座 2019/7   №410  特別作品
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      2019/7    №410   特別作品



        浸透域         須 﨑 敏 之


    戦後ずっと青山は在り父母眠る

    若竹の奔放ぶりも薄被曝

    霧か雨か夕塊りの蟇一個

    〇、〇六マイクロシーベルトの陽炎

    朝窓に啄木鳥の子のこぼれ来ぬ

    巣立鵯きりもみビルの深谷へ

    此の世へと朝日射し込むえんじゅの芽

    廃鉄路洋種菫のたね爆ぜる

    山芽吹大隧道を蔵したる

    風茅花銀毛誰が乗り捨てし

    ゴマンと居る具象名人蛙の夜

    旧市街遠望ひめじょおん戦ぐ

    飛魚の旬のトロ箱湯屋通り

    三郎杉新芽を生やし鬱々と

    亜麻鷺は来ず耕耘の昼闌ける

    植田さざ波山麓に灯を綴る

    田を植えて灯の一藁屋漕ぎ出すか

    田植空乳張る筑波とぞ仰ぐ

    田水展ぶ霞ヶ浦の浸透域

    天地や田植濁りの筑波立つ



        柿若葉         鯉 沼 桂 子


    春愁にいつまでつなぐ舟の綱

    こめかみに言はずじまいの春夕焼

    余花の雨月日のやうに列車過ぐ

    コーヒーの湯気の中にて春惜しむ

    たそがれの空青きまま五月来る

    手アイロンに済ますTシャツ麦の秋

    下野の海でありたり麦穂波

    とほき日がそばに来てゐる柿若葉

    干すためにひらく洋傘桜桃忌

    考えの煮詰まるかたち蟇

    晩夏光三分間の砂時計

    蟻の列先頭モーゼかも知れぬ

    兵の攻め来るごとし蟬しぐれ

    水打つてこゑなき言葉開け放つ

    踏み入れる地球のゆるみ草いきれ

    鏡中にかの日の西日折れてをり

    晩夏光人みな影をとり戻す

    ほの暗き写経の手元蟬時雨

    通り雨黙の閃く白桔梗

    ふるさとの訛り惜しまず墓洗ふ



        猫のかほ        大 西   陽


    ラの音に鳴る梵鐘よ春一番

    イケメンのゴリラの背中淑気満つ

    カサコソと笑みて崩るゝ霜柱

    初伊吹恃みて鴉一列に

    辻褄の合はぬ人生梅う・ふ・ふ

    前頭葉少し休ませ春の風邪

    黄泉までの先達として秋の蝶

    建前と本音のまあひ新酒酌む

    待合ひのごとき屋上秋鴉

    あめんぼう空に判子を押すやうに

    無縁墓の空大きく鯉のぼり

    月光の雫を泰山木の花

    朴の花猫の爪とぐ椅子二つ

    森青蛙弁慶の鐘の中

    岐阜城に不穏の色を椎若葉

    麦青む人魚のミイラ祭られて

    鶯や我バンカーを抜けられぬ

    踏み切りを渡る立夏の人力車

    豆の飯父に第二の青春期

    薄暑かな父に似てゐる猫のかほ





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