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2019/8 №411 特別作品
桜東風 柳 正 子
一国のどよめき桜満開に
根に届く地熱のありて桜東風
眩しくて桜は空を遠ざける
塩竈桜ぼつてり我もぼつてり
溌剌として葉桜にある未来
げんのしょうこ煎じて母のくにの香に
引き潮にのり父の国虹の国
梅雨雲の頭蓋に充ちてくる日暮
柿若葉父恩の如く色深む
愛着す十薬の白の寂しさを
どこにでも芽を出す草や金葎
子を産みし記憶薄れて髪洗ふ
茄子蕃茄胡瓜烏が屋上に
どの雲も梅雨雲として街包む
草や木や全山一夜滴りぬ
死にたれば胸で手を組む油照
クロウリハムシ大気が重くなる時間
海とほし遠し草いきれの中に
生き生きとものいふ媼にも夕立
夕闇を踏む爪先や日々草
棚田道 中 鉢 陽 子
蕗味噌を酒杯ほどの器に盛って
雛菓子の薄桃色は祖母のもの
朝日さす畑の隅の花大根
幼な子のフェルトの靴や苜蓿
一人いる二階明るき柿若葉
むらさきの琉球グラス風薫る
神木や若葉光ふる太鼓橋
北向きの部屋にりんごの花明り
蒲公英の牧場の牛や目覚めの子
寺の裏門白椿紅椿
巻ずしに青葉も巻いて旅の昼
久々の美豆の小島や夏の雨
髪切って肩のパラソル遊ぶ昼
巻貝に耳寄せ郷の祭笛
子と遊ぶ回転椅子や麦の秋
ほがらかにもの言う少女夏来る
青嵐汐の匂いの切通し
風鈴や一番線に始発待つ
夏帽子後姿の坂下る
稲雀千羽飛び立つ棚田道
目鼻耳の神 (花巻・岩出山) 渡 辺 誠一郎
花巻の一夜一匹のががんぼう
歌枕一つだになき蛭の国
座散乱木の風に生まれし姫路菀
桜の実苦き座散乱木遺跡かな
雨ニモマケズ負ケテカマワズ髪洗う
賢治碑へ道のはじめの苔の花
下ノ畑二イマス螢袋に寝息
父の日や雨の明るきイーハトブ
青梅雨や小さな町の賢治の碑
光の文字厠に滲み夏の雨
地球から生まれて無垢や犬ふぐり
茶賜る同心屋敷梅雨入雨
台の湯の闇をくすぐる河鹿笛
一本のビールのごとし萬鉄五郎
女蜘蛛昨日の糸を揺らしけり
陰陽の石のしわしわ大南風
疣取れて森青蛙となりにけり
青蛙跳んで目鼻耳の神
荒脛巾しろつめ草と蛸の足
みちのくは鬼棲む臭い夏の月
和ちゃん菩提 𠮷 野 秀 彦
いつからか癌の家系や行行子
無言貫く泡の消えない黒ビール
眼裏に夜汽車東仙台の涼しさよ
祖母の手や特急ひばりが着く炎昼
はらからの童の影か白紫陽花
猫好きの喪主は弟薔薇の花
鶺鴒や銀の台車の野辺送り
額の花汝が焼骨に名残など
荒梅雨や「生きよ」と遺影太々し
汝が死後も我に足あり蝸牛
私はここ半年で二人の親族を亡くした。従妹のあやなと従弟の和彦である。二人は末期の癌で
あった。気丈なあやなは十年余の闘病の末、四十歳になる前に、そして子どもの頃から転勤族で
仙台にもいた剛毅な和彦は余命を宣言されてからさらに一年、会社に勤め、五十八歳で亡くなっ
た。二人とも、弱音を吐かなかったからだろうか、彼らの訃報は周囲にとって突然の死でしかなか
った。
身内の死を詠むと、どうしても直情的な観念表現に陥る。作者は悲しみを吐露することによって
平静を取り戻し始めるが、読者にとっては共感しにくい作品となってしまう。
あやなを悼む句は小熊座五月号に掲載された。もし主宰の教導が無かったらただの嘆きだった
だろう。
独身だった二人の軌跡を残したいと思う私は如何に句を詠むべきか。答えはいまだ導けないが、
深い洞察力による写生と、過去の事実から派生する私の今のゆるぎない思いを冷静に、そして端
的に言葉にすることだと思うがそれができない。 (秀彦)
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パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
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