小 熊 座 2019/9   №412  特別作品
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      2019/9    №412   特別作品



        いのしし歳拾遺         増 田 陽 一


    安房連山あたま隠した猪の数

    春逝くや紅茶に混る宇宙塵

    春逝くと防波堤には蛸絡む

    梨は受粉下に秘かなまむし草

    新しき迷路はありや蜷のみち

    梅林に深き呼吸を残し去る

    また来る春古傷に他ならず

    むかし生蕃いま台湾の寒桜

    タイヤル族の渓に遺れる山女かな

    わが行くに喚いてゐたる春の鳥

    凝視められ椿の花が萎れたり

    四月倦み月錯乱の桜また

    大鷹鋭声鴉喉声榛の散る

    鷹啼けば谷渡りにてうぐひすも

    裏側を見られてしまひ月朧

    饒舌や蝌蚪一斉に足の出て

    恐竜も幼きは樹のトカゲかな

    ルーヴルは狼窟にして青葉騒

    身を絞り野に滴れり夏雲雀

    ヴィンセント死す麦秋の焦点に



        月山・山開き         津 髙 里永子


    月山に逢はむ黄菅のペアリフト

    老鶯のこゑ足許に尾根歩き

    借りて登る山菜採りのアイゼンを

    雪渓の添うてなだらか山毛欅の森

    無防備やチョコさへ持たぬわが登山

    姥ヶ岳経由気負ひの登山かな

    雪渓を過ぎてころびぬ岩の径

    雪渓の童女となるや滑り落ち

    月山の神のため咲く黒百合か

    むらさきの白根葵を笹の影

    行者らの白衣はためく山開き

    頂上の神社は晴れて山開き

    法螺の音に空腹おぼゆ山開き

    ポリポリと月山筍を小屋に食む

    疲れの差声に笑ひに登山小屋

    山小屋に食めば香りぬさくらんぼ

    山開き了へて風巻く岩肌よ

    雪渓を下るロープに後ろ向き

    沼見えて下界となりぬほととぎす

    夏霧の宿にグランドピアノかな



        地獄谷          永 野 シ ン


    降り立てば夏霧深き鬼首

    すぐそこが地獄の釜か青芒

    またたびの花やロッジの雨匂う

    地獄谷より声吹き上がる栗の花

    山蟻となりて雷の湯拝みおり

    木道を過ぎる金蛇硫黄の香

    谷若葉胡坐の固き木地師かな

    蝮の皮乾して鳴子の何でも屋

    青栗や雨の鳴子の藁草履

    夕焼の水ひたひたと繋ぎ舟

    青梅雨の茂吉の歌碑に傘傾けて

    この先は荒湯地獄か花芒

    空蟬に触れて細道風の道

    昨日とは違う風なり秋澄みぬ

    雲は秋鳴子の風に吹かれ来し

    潟沼に影を置き去る秋の蝶

    峰雲の育ちもみごと荒雄岳

    夏霧のみるみる包む鬼首

    梅雨の闇押し上ぐ力地獄谷

    蜩や鳴子の水を飲みほしぬ





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