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2019/10 №413 小熊座の好句 高野ムツオ
ビール缶握り潰せば流星群 春日 石疼
「二物衝撃」という用語がある。山口誓子が連作俳句の配列や構成を述べる際に
使用したもので、やがて、一句の中での素材や言葉の組み合わせを意味するように
なった。二物衝撃はソビエトのエイゼンシュティインらが映画の編集に用いた「モンタ
ージュ」の訳語である。視点のことなる複数のカットを組み合わせること。もともと俳諧
の考え方であったが、それが欧米の芸術に影響を与えた。そして、昭和になって逆輸
入されたのである。小津安二郎の映画も影響を受けている。浮世絵の手法がフラン
スの印象派に影響を及ぼしたのと同じ流れである。シュルリアリズムでも使われた用
語だが、シュルリアリズムの二物襲撃と俳句のそれとは幾分違いがある。たとえば有
名なロートレアモンの「ミシンと蝙蝠傘との解剖台の上での偶然の出会い」の「ミシン」
や「蝙蝠傘」は本来の機能や存在から解放された事象として扱われている。しかし、
俳句では〈夏草に機関車の車輪来て止まる〉のように、事象本来の機能や存在感が
失われていない。むしろ、事象の質感はさらに増している。元になった俳諧の理論は
「取合せ」である。李由・許六編『篇突』では「発句は取り合はせ物なり。二つ取り合は
せて、よくよりはやすを上手と云ふなり」という芭蕉の言葉を伝えている。二つのもの
を共振させて、その響き合いに相乗効果を発揮させるのである。「とりはやす」がそれ
で(古池や蛙飛びこむ水の音)の「古池」と「蛙」の関係である。子規は配合という言葉
を好んで用いた。二人とも重視したのは「新しさ」という点であった。そして、その対比
する映像を近代的事象に求め、詩としての意外性をより強調しようとしたのが「二物
衝撃」といえる。
この句では、「ビール缶」と「流星群」の関わりがそれにあたる。缶を「握り潰した」音
と「流星群」の聞こえるはずのない音との対比。そこをどう読み取るか、読み取ること
ができるかどうかが、この句の成否の鍵を握る。なお、表現構造から言えば、この句
は一句一章。一句中に断切があるのが二句一章で「取合せ」はどちらにも存在する。
念のため付け加えておく。
チョコが溶けゆく父亡きあとの終戦日 大久保和子
父君が亡くなられた時期がいつかは不明だが「父亡きあと」という表現から長い時
間のたゆたいが感じられる。幼い頃、父に買って貰ったチョコレート。戦後、しばらく
の間チョコレートは貴重な菓子であった。平和の象徴でもあった。父君はもしかしたら
軍人であったかも知れない。さまざまな思い出が終戦日に過ぎっては溶けていく。
裏に太き配管のあり甲虫 樫本 由貴
なるほど、兜虫をひっくり返すと、六本の脚の間はでこぼこ。まるでパイプが隙間な
く並んでいるかのようだ。どれも兜虫を動かす大事なパワーを生むエンジンの要であ
る。この力で兜虫は今夜も空も飛ぶ。
金魚にも空はありけり飛行船 栗林 浩
月面の重力軽しレモン水 菅原はなめ
黄泉の水吸ひ揚げてをり青葡萄 長谷川克史
夏の陽のような若者征ったままに 丹羽 裕子
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パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
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