小 熊 座 2020/1   №416  特別作品
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      2020/1    №416   特別作品



        霧の塔         阿 部 菁 女


    どんぐりは灯りの下に影つくる

    どんぐりと遊ぶ一日を賜はりぬ

    柴栗とすつぽん茸が篭の中

    身の内に阿修羅の声や木の実降る

    トンネルを出て霧深き峠口

    水楢の梢あたりの霧の色

    谺して小啄木の叩く橅の幹

    霧襖梅鉢草を蔵したる

    霧の奥霧の凝りて塔となる

    牡鹿現る梅鉢草の小藪より

    曙草たづねて霧の峠越ゆ

    霧雫して又三郎のマントかな

    前山に朝日が当たるななかまど

    秋惜しむ橅の大樹に耳寄せて

    猩猩を舞へ蔦紅葉せる一老樹

    草紅葉して旧道の一里塚

    小鮒草修験の山へ径のびて

    観音の御膝元へと吾亦紅

    吉里吉里を夜寒の地図に探し当つ

    鳶あげて雪来る前の雑木山



        古代文字        坂 下 遊 馬


    原子炉に蛇蝎棲みたる春の闇

    海底も地底も軋み寒昴

    廃校の校歌斉唱冬うらら

    枯葎除染袋に陽の斑あり

    女川の最後の仮設鳥渡る

    帰還なき村に尾花の光かな

    押入れの線量計や小六月

    予科練の軍歌の遠き小春かな

    鬼首の鬼は阿弖流為冬の雁

    阿弖流為の血潮なりけり割石榴

    阿弖流為の死す母礼の死す冬の虹

    古代文字水鏡にあり蓮の骨

    歳晩を都電荒川線走る

    無月なる駅前通り自販機の灯

    東京の夜景の底に残る虫

    鳥の声冬青空を知ってゐる

    星飛べり湖底に残る水の音

    潮風を摑まえてゐる蓮の骨

    かはたれを割く滝の音谷紅葉

    冬川の綺羅の一片舫舟



        不知火經
(方便品第弐)    武 良 竜 彦


    海幸彦の鈍痛釣り竿流されて

    御燈明磯の堂守り神の守り

    あ、西さん 恋の潮目を あ、東さん

    陽に抱かれ斎女孕む炎のかけら

    蟹這の泡立つ雄の子星なぎさ

    汝が夫の良さ善さ磯波たあぷたぷ

    海神が愛でて帰さぬ雄のまなこ

    良か嵐佳か(かか)ン来て(いお)ン沸く

    魚籠に海鞘(かか)秘丘(ぼぼじょ)に波熱し

    樽酒飲みの海亀さまを還す浜

    神森(かンもり)より大樹伐り出し舟を為す

    嬰児の産湯うしお若潮祭り笛

    明け鴉工場サイレン町を統ぶ

    水銀値・寡黙・曇天・チッソ川

    日雇夫の弁当と汗とアルデヒド

    大蟹津苦(オーガニック)魔唖及離異(マーキュリー)・ポイズニング

    海族に目蓋なければ鳴くばかり

    鰓族の呟き波に虹刺さる

    繃帯のひときわ白きを舵に巻く

    釣針の脛に膿み山幸彦は



        残 心          山野井 朝 香


    玻璃越しに入日を待ちぬ源義忌

    隧道にきのうの時間からすうり

    曲家の記憶にありし穂紫蘇かな

    鬼灯のしじまになりし母の家

    残心を封じ込めたる鶏頭花

    竜胆の空や夕暮症候群

    虚のかたちなり暮れがたの白鳥は

    皀角子の吹かれてふつふつと倦怠

    三叉路の淋しい木なり十一月

    連弾の一音長き白秋忌

    待針の色を揃える竹の春

    衣被邪心するりとのみこめり

    榾足してとろ火の青に眠るなり

    冬瓜やふっとひばりの佐渡情話

    憧憬のかたまりとして実みらさき

    千年を宿せる情や新松子

    嘘つけぬ色をしており竜の玉

    渡されし静かな重さラ・フランス

    蝶凍つるおのが光に戦ぎつつ

    バラを剪る暗い話がまた続く





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