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2020/3 №418 小熊座の好句 高野ムツオ
みんな死ぬリンゴワタムシが来てゐる 佐藤 弘子
綿虫という名を知ったのは少年期である。父に教えて貰ったのか、歳時記で知った
のかは忘れた。綿虫を、その頃はっきり意識して見たかどうか、それもあやふやであ
る。生地栗原市のなじみの寺の境内で目の前にふっと現れ消えた白い虫を、もしか
したら綿虫かと思ったことだけは覚えている。多分、それ以外は飛んではいても気づ
いていなかっただけなのであろう。
綿虫の別名しろばんばは井上靖の小説のタイトルである。舞台は少年時代まで暮
らした伊豆の湯ヶ島。そのせいか、私には綿虫は海近い地方の虫との印象が強い。
綿虫の群生に初めて出会ったのは松島町富山観音の参道であった。二十年近く前
のこと。妖精の乱舞そのものであった。
綿虫はアブラムシ科の一種で、代表的なものはリンゴワタムシとトドノネオオワタム
シである。林檎の木を宿主とするのでリンゴワタムシ、とど松を宿主とするのでトドノ
ネオオワタムシと呼ばれる。ただし、私には区別が全くつかない。夏期は木の根に移
住し初冬に成虫となり交尾して産卵をする。飛ぶ期間は一週間ほどで、雌雄ともにま
もなく死に絶える。「みんな死ぬ」とは、その交尾のために集まった綿虫に作者が成り
代わって発した言葉であろう。リンゴワタムシたちは死ぬためにふわふわと、しかも
必死に飛翔し集い来たというわけだ。交尾後に死ぬ生き物は、昆虫類に限らず多い
が、綿虫の浮遊感が殊の外あわれをもたらす。作者は福島県伊達市生まれ。原発
事故以前から原郷福島に生きてきた人の作と知れば、しだいにリンゴワタムシが、そ
れら被災の人々の姿と重なって来よう。「 みんな死ぬ 」は無言の抗議の声なのであ
る。青森ほどではないが、福島にも林檎の木は多い。
大綿を依代として荒脛巾 土見敬志郎
大綿は、綿虫が白い分泌物を全身に付着させて飛ぶことを強調した名である。そ
の綿をことごとく荒脛巾神の依り代だと言い止めた。もともと文献がないのに加え、
『東日流外三郡誌』が近年偽書と断定されるまで流布していたせいもあって、いっそう
荒脛巾神の正体が不分明になってしまった。前にも紹介した谷川健一の説に拠れば
もともとは塞ノ神としての性格の在来神であった。後に、その土地を征服した外来者
が自らの神を主神に据え荒脛巾神を客神となし、加えて外敵である蝦夷を撃退する
役目を負わせるようになったもののようだ。蝦夷をもって蝦夷を制したのである。その
本当の名も知れない哀れな零落した神が綿虫の姿を借りて再び現れた。「大綿」の
「大」に神の尊厳が込められている。荒脛巾神は全国に祀られていた。
喪主として頬ずりしたい寒牡丹 沢木 美子
寒牡丹を母や姉妹の誰彼など亡き女性の化身として鑑賞するのが自然だろうが、
子息哀悼の句と知れば、寒牡丹がいっそう複雑な趣を湛える。寒牡丹が亡き人でも
喪主でもあるのだ。その重層に悲しみの淵の深さが垣間見える。
成り行きで卒寿を迎へ屠蘇に酔ふ 八島 岳洋
海底に原発はなし冬すみれ 丸山千代子
世間とは冷めしホットミルクの膜 春日 石疼
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パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
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