小 熊 座 2020/3   №418  特別作品
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      2020/3    №418   特別作品



        白鳥の数          中 井 洋 子


    冬木の桜この齢まで見落としぬ

    この嘘の始まりの嘘日向ぼこ

    失敗に甘くなりたり帰り花

    裸木は水素酸素のほむらなり

    ペン先に息吹きかけて雪女

    白鳥のおびただしき数の哀れ

    梟でゐる名乗る番来るまでは

    雪に温もるみちのくの屋敷林

    冴ゆる夜の鏡あやめる鏡掛

    小正月川は撓ひて街中へ

    寒芹や遠ざけし事起ち上がる

    青線の通り進めば寒椿

    ときめきの時間は果てて蕪の照

    饒舌は血筋にあらず八頭

    人影が削ぐ水仙の持ち時間

    大寒のぶつぶつ言ひし木綿針

    膕に触れる戯れ春よ来い

    せりなづな夢の多きが短所なり

    春の川越え郵便の届く町

    目薬を差せば光の二月来ぬ



        牡丹焚火           日 下 節 子


    もう傘寿いやまだ傘寿冬木立

    野は無人冬日ひとつと雀どち

    点滴の一灯となり冬木の芽

    雪夜彼の世の声なりと耳澄ます

    着ぶくれてより心音を確かめる

    牡丹焚闇あたらしく広ごりぬ

    須賀川の空を燻して牡丹焚く

    天寿なる一枝を焼べ合掌す

    老木も土に還らん牡丹焚き

    牡丹供養輪になるときの無言なり

    闇一枚使ひ切つたる牡丹焚火

    牡丹焚火燠を背にして句会へと

    丸ビルの銀杏黄葉と旅人と

    大嘗宮参観師走の風にあり

    師走の陽に誘はれわれも人波に

    どの道も人影ばかり石蕗の花

    一位の実含みそのまま歩くのみ

    大嘗祭の儀式の前や冬木の芽

    冬天の走り根神の血脈とも

    柊の花天神地祇に低頭す



        冬の雲            大久保 和 子


    初雪や朝の空気の封を切る

    竜の玉愛は寡黙に遺影より

    寒卵わが沸点は祖母なりき

    ばあちゃんが母でお手本蕪漬

    大寒よ五臓六腑に言ひ聞かせ

    一月の川のたひらか桜の碑

    愛しめりふくら雀の身の丈を

    春疾風雲飛ぶ先の赤信号

    冬青空期限切れたる宝くじ

    あの冬の雲のあたりで父と逢ふ

    臥せばなほははは欲しけり齋粥

    負け癖はわが癖なれど冬桜

    湯豆腐のごとき日々なり七十歳

    櫛の歯の折れしあの日の雪をんな

    水に映す身の潔白や大白鳥

    淋しさを音たてて踏む霜柱

    冬満月かつて原人たりしころ

    コンビニへ影を忘れて冬の月

    忘れよと忘るるなよと三月来

    大津波冬の銀河に住みし人



        雪 女            清 水 紗 倭


    散紅葉入定窟への道標

    一日のけぢめと閉ざす白襖

    忘れ上手も処世のうちと納豆汁

    冬三日月夢預かって呉れますか

    飯豊連峰より風を連れ来し雪女

    雪女郎かつては越後瞽女の道

    フラワー長井線冬霧の野を裂き

    極月の斎館に満つ朝餉の香

    古家にもそれなりであり松飾

    なけなしの語彙を繰りて初句会

    昭和語る羽子板並べ独楽並べ

    黒猫と私だけの恵方道

    鳴き声を真似て寒鴉に見詰めらる

    小寒や風呂が沸いたと電子音

    水仙花片耳に揺るるイヤリング

    寒卵買ふだけの用身拵へ

    大綿や何時より有りし盗人橋(ぬすとばし)

    新雪の等しく積もる罹災家具

    雪見障子の硝子綺麗に休刊日

    着ぶくれて新幹線の自由席



        荒 星            森 田 倫 子


    方舟や凍てし親子は乗り遅れ

    兄が研ぐ父の肥後守寒の水

    泣く母や別珍の足袋脱ぎ捨てて

    厨房に黴びたる祖母の皹薬

    霜降りて尾骶さみしき火焔土器

    狐火や棘ある木には近づかず

    荒星や父母は帰らず握り飯

    雪螢つれて去りゆく妣の夢

    眼鏡の片側くらし遅桜

    人間という袋ありけり安吾の忌

    蛇の衣さがしに行くや三輪山へ

    赤紙のもう来ぬ死者の桜かな

    樹上葬すでに終えたる落ち椿

    女には無頼はなくて月見草

    さよならと言えぬ露草つゆ枯れて 
故 佐藤きみこさん

    吸口の蓴菜にげる喉の闇

    秋簾もう誰も来ぬちぎれ雲

    ヒマラヤの青き罌栗咲くわが狭庭

    手拭いは白ではならぬ鱧の骨

    過ぎし恋い置きどころなき金魚玉





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