小 熊 座 2020/7   №422  特別作品
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      2020/7    №422   特別作品



        日本海         柳   正 子


    雪果ての果ての海なり日本海

    松蟬や未生以前の松湿り

    春炬燵一日何もせぬ疲れ

    風を呼び無縫の空へ巣立鳥

    身の内をいつしか朧占めてをり

    春の雲空に断崖ありて越ゆ

    地下街を出てやはらかき春の雲

    恩愛やどくだみの香の濃くなりぬ

    野萱草の花揺れ沖は雲ゆたか

    紙風船ゆらゆら昭和へ上がりたる

    正座すれば春夕焼が部屋に満つ

    晩春や家の隅々まで静か

    原子力発電所にも黄砂降る

    初燕ナイフとなりて躱し飛ぶ

    佐渡覆ふ黒雲卯の花腐しかな

    なめくじり海の匂ひの届く畑

    蟾蜍の夕やみ奥の水は闇

    青空を摑みし形山の藤

    神鏡の中を風吹く青葉騒

    海中も沖も晴れたり踊子草



        卯 波         宮 崎   哲


    一片ずつ道程ありて花筏

    春寒しまだ片付かぬ古雑誌

    春泥の長靴並ぶ飯場小屋

    ウイルスの地球のありて山桜

    葉桜はそよぐ少女の黒い髪

    メーデーや昭和の土方皺深し

    ビル風に阻まれている春愁

    青春や明日は明日の黄砂降る

    初夏の休業通りさすらえる

    広瀬川の石ころの顔五月来る

    コンテナの軽き鉄橋立夏かな

    初夏のトンネルの先光る海

    二メートル妻と離れて薄暑かな

    休校の窓に映れる鯉のぼり

    雪渓が背骨でありし蔵王山

    夏めきぬ魚屋の声弾みては

    大いなる新樹見上げし子等の声

    乱立の高層マンション青嵐

    コロナ禍の外出自粛卯波立つ

    ゴールデンウィーク自動改札の鬱



        譜面台         小笠原 祐 子


    オルガンの音は祈りやぼたん雪

    ラケットのガットの切れて鳥雲に

    麗かや黒のパンプス買い替える

    麗かやフェンス越える練習球

    春時雨犬歯でかじるアーモンド

    スツールに脚をあそばせ春の宵

    春の山弁当に卵焼きがない

    ぽっくりの音聞こえたか飛花落花

    一日を洗濯機に入れ春の闇

    春の夜の電子書籍を選びおり

    術式の説明長し麗かに

    無伴奏チェロ聞こえくる春の宵

    リハビリのメニューの増えてみどりの日

    春北斗ケーキの箱の角つぶれ

    つばくらめ三つ目の駅で待ってます

    紙飛行機のゆるき旋回チューリップ

    燻製器のチップを選ぶ朧月

    青葉風絵馬の触れ合う義経堂

    五月雨や記号だらけの運指表

    夏に入る防音室の譜面台





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