小 熊 座 2020/8   №423  特別作品
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      2020/8    №423   特別作品



        万華鏡          阿 部 菁 女


    ひろびろと植田あかりや疣の神

    葉桜のかむさってくる山の駅

    猪独活の笠のつらなり峠口

    雨雲は退く万緑の石切場

    朝まだき植田の沖を郵便車

    沿線にアカシアの花烟れるよ

    アカシアは乳色の靄生みつづく

    ホイッスル響く駅頭更衣

    日照雨して千年杉に梅雨兆す

    四方から筒鳥の声くにざかひ

    金蛇のまどろみ始む薄瞼

    犬の目のどこか眠たげ韮の花

    無言歌を奏でよ遠の合歓の花

    汝が胸の朱に染まるやほととぎす

    またたびの白葉を夏至の日が包む

    波の穂に似て遠景の山法師

    薪小屋の横ひと畝の茄子の花

    蝶一羽横切ってゆく瓜畑

    ここからは撫の若葉の万華鏡

    木苺を食べ鎮魂の旅半ば



        山滴る          あ べ あつこ


    踏青の五感つぎつぎ目覚めおり

    幼霊の呼びあう声か囀か

    閉山の学校跡地苔むして

    春椎茸嬰の尻ほど柔らかし

    春潮の寄せくる熊楠記念館

    木の芽時怒濤の隠岐へ行くとせば

    空っぽのバスが連なり五月くる

    山滴る足尾の低き家並かな

    くずおれる肉片のごと緋の牡丹

    蟻追う子地上のすべて遊具なり

    恭次郎の詩深く彫られて緑陰に

    花ユッカ海を恋うれば崖っぷち

    靴濡らし尿ほとばしる大夏野

    麦秋や夫に一瞬男の香

    わが髪を掠める鴉桜桃忌

    小満の風にふくらむチマチョゴリ

    濁流に接吻せんと夏つばめ

    山頭火郭公に耳澄ますたび

    炎天にかくまであらわ犬のほと

    台北の星近づけて夜濯す



        棒 鱈          佐 藤   茉


    筍の荷に棒鱈のななめかな

    呼ばれたる気がしてゐたり蛇の衣

    夕星や沖浪届く草の上

    持ち上げて閉づる門扉や遠郭公

    妹のまつはる記憶ががんぼ落つ

    とうすみの翅音しみゆく水面かな

    長椅子の一人に一つ蜘蛛も来る

    身の骨のこそと縮むや蟻地獄

    命懸けはすがる蚊柱の内側

    白雨来て父の番傘開く音

    片翅を閉ぢ切れぬ愚図てんと虫

    片結びずるり解くかに梅雨に入る

    天に海に墓を浮かべて黴の花

    軽雷や信用できぬ切取線

    学校も遊具も解かれ夏燕

    本棚のいよよ横積み水中花

    罌栗の花落ちて帰心のいろとなる

    毒針を捨てし海月のごとき日日

    鼻先に蚊帳の向かうの夜のにほひ

    真夏日の夜がまた来る謡ふごと



        来し方          江 原   文


    春の月羊水てふぬるきもの

    空っぽの色のきれいな巣箱なり

    春愁を吸ひこんでゆくエスカレーター

    抽斗に用のなき鍵夕ながし

    人影のなきぶらんこのただ揺れる

    ポン菓子のはぜてくらやみ春祭り

    老いてなほ母の背を追ふかいやぐら

    坑道の鉄鎖越えくる黒揚羽

    青嵐の解ける道あり身の内に

    来し方は服はぬこと実梅もぐ

    銃眼の射程にありし鴉の子

    にわたずみ大きく廻り蟻の列

    合歓の花よべのすだまに招かれて

    ボタンホールの糸の絡まる半夏生

    嚙みあてし魚の小骨や走り梅雨

    水圧の強き蛇口や沖縄忌

    梅雨寒やコロトコフ音のやや乱れ

    生きてゐることに怯えて梅雨の闇

    一滴が地球の未来滴れり

    廃坑の闇の滴り羅漢仏



        青蜥蜴          斎 藤 真里子


    朝焼のビルの隙間に月残る

    サーファーの波の裏より現はるる

    引く波に砂の音する更衣

    旅なれば白靴波に濡らすなり

    夏の蝶厚底ズック干されあり

    泡粒の離れてゆきし水中花

    紫陽花の影をまとひし手の湿り

    紫陽花に映り残れる夕日かな

    マロニエの花と弦楽四重奏

    屑籠をはみだすチラシ薄暑光

    教会のバザーを過ぎる黒揚羽

    教会の木椅子の傷やほととぎす

    オルゴールの螺子のゆるみや梅雨の蝶

    トマト一山生命線の確かなり

    カーテンの襞にまぎれて梅雨の星

    夜の新樹外灯水に揺れてゐる

    光りつつ湧水通る水芭蕉

    夕焼のポプラは風になつてをり

    木の瘤に残る力青嵐

    陶片の影より出でし青蜥蜴





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