小 熊 座 2020/10   №425  特別作品
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      2020/10    №425   特別作品



        浪江十日市        後 藤 よしみ


    町鎖して破れ障子に日の差さる

    水仙の永き不在の家匂う

    荒田にてことさら近き雉の声

    苗植えぬ手の白きまま春逝けり

    囀や帰還ならざる人の声

    手花火をどこへ向けようとも一人

    帰還という西日の家に辿り着く

    猪の除染ならざる地を掘れり

    鮭登る浪江に太き力綱

    湯殿山碑横たう浜の初日の出

    大旦帰還の畳匂い立ち

    産土の更地となりて寒に入る

    青梅雨の廃炉の水の浄衣なす

    野馬追に生きて除染の地に生きる

    還り来よ除染の土の蟻たちよ

    海を向く新たな墓へ蟬時雨

    一草も穢土を恐れず曼珠沙華

    形なき子らと戯る大花野

    鮭遡上千年の色蘇り

    初日影ここは言霊幸う地



        零余子飯         蘇 武 啓 子


    毒消しを探しあぐねる桜時

    花筏組むため桜散るという

    血と肉になる春の陽もそよ風も

    髪切って水馬ほどの威勢湧く

    干草の深き匂いを故郷とす

    堰音や日ごと紅増す草苺

    母の声聞こえてきそうきゅうり漬

    昼寝覚め鉄の匂いの水を飲む

    奥六郡の末裔として紅き蓮

    電気屋の先祖は綿屋百日紅

    シオカラトンボ今泣いた子がすぐ笑う

    甘酒にイタリアの塩ひとつまみ

    冷蔵庫の扉にうろこ貼り付いて

    夢を追い蛍袋へ入りこむ

    まあこれがと言いつつくぐる茅の輪かな

    赤子の頰つつけば清水湧きそうな

    また母の話となりぬ零余子飯

    天の川濃し沢音の絶え間なし

    足首を過ぎゆく風や小鳥来る

    鶏頭花鍛冶屋の火花見ておりぬ



        登山靴          田 村 慶 子


    まなうらの遥かな尾瀬のひつじ草

    顔洗うぼこぼこぼこと山清水

    降りてゆく日光黄菅の世界へと

    炎帝の岩肌摑み不忘山

    吹き出した汗の塩粒だらけです

    吊橋は竜の背中や夏の雲

    風生温し東側登山口

    登山靴時折背筋シャンとして

    薄雪草しばらく風の尾根伝い

    駒草の駒のあたりをそっと触れ

    駒草に会えたからもう帰ろうか

    山小屋の花豆ジェラート尾瀬ヶ原

    後ろ髪薄雪草が引いており

    河骨やわが身も背より透けてゆく

    綿菅もふいに何かに驚いて

    林道を踏みはずしそう草いきれ

    みなみ風砂塵と蔵王権現と

    夏山の硫黄のにおい絡み付く

    梅雨の星栗駒山に地震の痕

    登山靴急斜面より始まりぬ



        スカーレットが振り返る      遅 沢 いづみ


    眼鏡かけ旅館の浴衣クラス会

    友蔵の心の俳句釣忍

    五点セットのテーブルにかき氷

    参道の店換気万全真夏

    腹弱き弟ハワイアンプール

    あざやかな夏の日帰りレジャーかな

    ナボナ食べ雷おこし残りけり

    昼間から祭太鼓のゆぜん様

    同姓の五百数人稲の花

    河原への急な坂道夏の果

    サルビアやスカーレットが振り返る

    新涼の坂道上るヤクルトさん

    体操のたいけいに開く新涼

    レコードのLP版の盆帰り

    花木槿初々しさを失はず

    八月の新青森の発車ベル

    蜩が昼に鳴くふたあらの森

    濃い色のマスクが増えて秋暑し

    好きなもの篭に入れ九月の丘へ

    コスモスの窓ショパン練習終る





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